61.宇都拓洋 (長崎国際大学)『最近の小さな発見』2009年04月30日

 はじめまして。長崎国際大学薬学部の宇都拓洋と申します。学生時代は鹿児島、アメリカ留学時代はサウスカロライナ州チャールストンで過ごし、そして1年半前に現在の大学のある佐世保に来ることになりました。人口25万人都市の佐世保に暮らして、これまでいくつかの発見をしましたので紹介したいと思います。ご存知の通り、米海軍佐世保基地があります。町を歩くとアメリカの方が多く、週末のスターバックスはアメリカ人率90%以上です。街中のマクドナルドではドルで支払可能です。長崎は捕鯨の歴史が深いためか、地元の魚屋だけでなく、大手スーパーにも普通に鯨がおいてあります。佐世保の中心地、四ケ町から三カ町に伸びるアーケードは直線アーケードとしては日本一の長さです(約1km)。そのアーケードの中にある老舗菓子店「白十字パーラー」に「サ・セボー」という一際人目を引く名前のお菓子があります。そのストレートなネーミングに始め衝撃を受けましたが、パッケージに「サ・セボー」とはフランス語で「美しい」という意味という説明があり、さらに驚きました。トム・クルーズ主演「ラストサムライ」の冒頭の島々の遠景は佐世保の九十九島です。弓張丘展望台からの夕日に包まれる九十九島の光景はすばらしいです。

 学生時代、農学部で食品機能研究をして、現在、薬学部の生薬の研究室に所属していますが、生薬の研究室であるからこそ、植物に関して新たに知ることも多くあります。

 薬草園の管理の一環で研究室のメンバーと交代制で水遣りをします。薬局方に収載されている生薬の基原植物を中心に実物を目で見て覚えられるのが大変良いです。多くの薬草の中で、冬に花を咲かすものがいくつかありますが、その中の一つがキダチアロエです。恥ずかしながらここに来るまでアロエの花を見たことがなかったのですが、アロエは11月から1月に赤橙色の花を咲かせます。アロエの原産はアフリカ大陸南部ですが、なぜアロエが寒い日本の冬に花を咲かすのか不思議です。一説には、アロエは自分の故郷であるアフリカを覚えていて、南半球での夏、つまり日本の冬に花を咲かせると言われています。(科学的な証明はないですが)甘草は全漢方処方の70%に含まれる重要な生薬です。漢方薬の構成生薬として用いられるほか、甘味料としても利用され莫大な量が輸入されています。甘草は中国北部を中心に自生していますが、近年その乱獲のよる砂漠化が問題になり、中国からの輸出が制限されています。日本国内での甘草の栽培が試みられていますが、薬局方の規定である主有効成分グリチルリチン含量が2.5%を超える甘草を日本で栽培するのは非常に困難なようです(武田薬品工業の京都薬用植物園ではグリチルリチン5%含有の甘草育種が成功しているようです)。いくつかの報告によるとグリチルリチン含量を上げるためには、中国北部の環境のようにある程度の乾燥と寒さなどのストレスを与えることが重要なようです。甘草にとって厳しい環境の方がグリチルリチン増加に繋がるということは、環境ストレスから何らかの方法で甘草自身を防御する役割がグリチルリチンにあると予想できます。学生時代、「あなたの研究で用いているその天然化合物は植物内ではどのような役目をしているのか?」と聞かれて答えに迷うことがありました。現在、多くの植物から様々な機能性成分が発見され、動物細胞や生体内で詳細な分子メカニズムまで解明されていますが、それらの成分が植物内ではどのような作用をしているのかはなかなか注目されません。機能性成分の植物内での役割を考察することが、現在解明されている動物生体内での作用機構や未解明の部分にリンクしていれば、食品機能研究をまた違った視点から楽しめるのではないかと最近考えています。

 

62.北垣浩志 (佐賀大学)『酒の瓶には機能性と地域の空気と伝統を詰め込んで』2009年05月18日

 佐賀大学の北垣と申します。鑑定官出身ですので、お話をいただいたのもお酒関係ということだと思います。お酒の機能性について、自分の思っていることを自分の言葉で話すことでFSF会員の皆さんに少しでも情報を提供できればと思います。

 まずは、自己紹介させていただければと思います。私は大学院を出た後国税庁に入り、20代のころは大阪国税局鑑定官室で酒屋さんを相手に醸造指導をしていました。大阪国税局全部を回ったので醸造指導した蔵は5年間で総計1000件近くになったと思います。滋賀県の寒々した雪国から、和歌山県最南端のくじらが見えるところまで、さまざまな清酒醸造蔵を醸造指導しました。その後30歳になって酒類総合研究所に異動し自分が杜氏として工場で酒つくりをしていました。34歳になって文部科学省在外研究員制度を利用してアメリカ・サウスカロライナ州のサウスカロライナ医科大学に一年間留学しました。その後、佐賀大学でお世話になっています。

 さて、お酒関係で機能性といえば赤ワインが有名です。赤ワインを飲むと高血圧に効くとかアルツハイマーに効くとかいうことが始まりだと理解しています。焼酎では、焼酎自体に血液サラサラ効果があったり、粕には血圧降下作用や抗酸化作用があることが報告されています。清酒に含まれる成分にも美肌効果や肝機能保護機能があることが報告されています。ビールのホップに使われる成分にも抗がん性などが報告されています。元々酒類業界の側にいたこともあり、こうした機能性の研究は重要だと考えています。しかし、自分の正直な気持ちとしては、嗜好品である酒には、機能性の他にもアピールしたいものがあります。

 消費者の皆さんが外国のワインをお店で買うとき、ワインの造られた外国の空気も含めて、少し旅行した気分で飲みたい、と思って買っているということはないでしょうか。私の大阪国税局の時のことをいえば、滋賀県や兵庫県の日本海側に、鈍行で揺られて琵琶湖の雪景色を見ながら指導に行った時のこと、そのときに若社長が今年採用した社員のために社員寮を作ってこれから会社を伸ばしていきたいと熱っぽく語ってくれたこと、和歌山県最南端で駅から降りて税務署まで歩いていたら道全体に苔が生えていたこと、大阪でだんじり祭りに血道をあげていた蔵人、他にも書ききれないほどのたくさんの思い出があります。そうした地域性や伝統を瓶に詰め込むことはできないでしょうか。地域に密着した産業である清酒や焼酎、地ビールなどは、地域の「空気」や「伝統」を、瓶に詰め込み、香味で地域性を出して消費者に感動を与えることはできないでしょうか。そのような「目標」を各醸造企業が持つことができれば、それは酒類業界だけではなく、消費者にとっても、また日本の文化・伝統にとっても大きな前進にはならないでしょうか。

 明確な答えはないのですが、酒類業界に関してそんなことを考えながら、研究をしています。当たり前のことかもしれません。雑文を失礼いたしました。

 

63.三坂 巧 (東京大学)『こどもの好きなたべもの』2009年06月08日 

うちには2人の小さな子供がいます。夫婦ともども食品研究を職業としている関係で、家での食事にもちょっとは気を使うようにしています。そんなわけで子供達(4歳女、10ヶ月男)のごはんについては、離乳食を含め、共働きで時間のあまりない中、色々なものを食べさせようとしてきたつもりです。

 でも、その努力ってどうなんだろうって、最近思うようになってきました。二人の子供両方とも、同じように育ててきたつもりなのに、食事の好みがとても異なってきました。親がびっくりするほど違ってきています。

 上の女の子は、酒のつまみになるような食べ物が大好きです。いわゆる居酒屋や焼鳥屋で出されるような食べ物が、ストライクです。ちょっと塩味強めの焼き物やフライ、ポテトサラダ、モツ焼、焼きおにぎりなどが大好きです。そのくせ甘いものは、果物・クリーム・和風に関わらず、ほとんど食べません。女の子なのにケーキは食べられず、年少さんの年にもかかわらずトリ皮タレ焼やハツ塩なんかが大好きなのも困ったもんです。

 一方、下の男の子ですが、上の子と違って、普通に甘いものが大好きです。まだまだ小さいのでお粥が主食のはずですが、お粥はあんまり食べなくても、甘いものはよく食べます。バナナやフルーツヨーグルト、缶詰の桃といった甘いものになると、食べるのが止まらなくなります。

 「食育」なる言葉ができて、子供の食生活・食習慣に親の責任が問われるようになってきたように思われます。日本人の生活が豊かになって飽食の時代とまで言われるようになり、我々の世代が小さかった頃とはすっかり時代が変わってしまっているので、色々と大変だなと思っています。一方、自分の子供の成長を見ていると、食の好みについては、両親の及ぶ教育がどこまで届くかについて疑問が生じているのが正直です(サンプル数はn=2ですが)。離乳食に野菜をあげてると食べてたくせに、ちょっと成長すると食べなくなるし・・・。

 でも日本人ですから、お箸の持ち方だけはきちんと教えなきゃなというのは、夫婦の共通意見です。テレビ番組などで変わったお箸の持ち方をしている人を見ると、「おいおい」と思うことはあります。そうならなければ、自分の子供たちは好きに育ってくれ、というのが正直なところですね。おっと、これも「食育の崩壊」になるのかな・・・。

 

64.岩本悟志 (岐阜大学)『飴細工とガラス転移』2009年07月13日

 皆様はじめまして。岐阜大学の岩本悟志です。

 本コラムでは、私が食品研究に深く携わることになったきっかけについて書いてみたいと思います。(今思えば・・ということですが・・。)

 小学校の1年生か2年生の頃だったでしょうか。学校の正門前に、「飴細工」のおじいさんが屋台を出していました。「お嬢ちゃん、何がいいの?」などと、子供のリクエストを聞き、熱い飴の固まりを手できゅっきゅっと延ばして、丸めて、それに糸切りばさみでチョンチョンと切り込みを入れ、細かい形を器用に作っていきます。見る見るうちに形が整い、最後に食紅で目鼻などが書きこまれ、手のひらサイズのうさぎやイルカ、ひよこキャンディーの出来上がり。注文に合わせて、おじいさんはいろいろな動物やキャラクターを見事な手際でどんどん作っていきます。

 私はまるで魔法でも見ているような気持ちがして、おじいさんの手の中で飴がさまざまな形に変わっていく様子に目が離せませんでした。そして、どうしてはさみで飴が切れるんだろう、どうして、ぐにゃにゃの飴がカチカチになるんだろう、などと、とても不思議に思いました。 (興味のある方は、ぜひYou Tubeなどの動画で「飴細工」をご覧ください!ピカチュウを作っているところなどとてもかわいいです。)

 時代は飛びます。博士課程1年生の中程に「食品のガラス転移」というテーマに巡り会いました。食品の相変化や形態変化についての研究です。あ、これはあのときの飴細工のなぞが解るかも!と思い、夢中になって研究に打ち込みました。

 細かい理論や研究成果をこの場で一口に述べることは大変なのですが、要は、「飴細工」は、ラバー状態(ゴム)のものがガラス状態になる途中に、その塑性を利用して造形しているということです。これを一例として研究を進め、食品の保存や加工特性などについて包括的に理解することができました。小学校のときの感動の裏付けを、自分の手と頭で探し当てることができたのは、小さい頃からの疑問を大切にしていたからなのかもしれません。

 現在は、食品のおいしさや機能について、食品の持つ微細な「かたち」からのアプローチも試みています。おいしいものにはきれいな形があるのではないかと思い、その中の一般性や規則性を解明できたらいいなと思っています。

 

65.小堀俊郎 (農業・食品産業技術総合研究機構)『いろんな人と交流しよう』2009年08月17日

 食品総合研究所の小堀です、よろしくお願いします。岐阜大学の岩本先生からリレーコラムのバトンを頂いたとき、客員研究員としてイギリスのケンブリッジ大学に滞在していました。この場を借りて、そこでの体験から思うところを記したいと思います。

 学生は、学部とは別に31あるカレッジのうちの1つに所属しています。カレッジは学生の宿舎と食事を世話しており、学生同士の絆の形成に一役買っています。学部が縦糸ならばカレッジは横糸と言えるでしょう。一方、カレッジは内部での絆を強化する「箱」であるだけでなく、外部とのネットワークを広げる拠点として様々な「仕掛け」を提供しています。その1つがフォーマルホール。これはカレッジのディナー(晩餐?)であり、さながらハリーポッターに出てくるようなダイニングルームで行われます。カレッジ所属のフェローや学生はゲストを数名招待でき、隣に座る人はどんな人か、始まってみないとわかりません。滞在中に何度か出席し、学生、文学の研究者、天文学者、司祭、工学部の教授など、普段は接点のない方々と同席する機会に恵まれました。専門はもちろんのこと、国籍もバラバラです。こうした環境に全く慣れていない私は、彼らがどんな話をするのかに興味を持ちました。もちろん話は多岐にわたるので一概には言えませんが、時事、経済、歴史、科学、日常生活など、幅広い知識が必須だと痛感しました。その場では、英語だから会話についていけなくても仕方がない、と自分に言い訳していましたが、今になって思うと、日本語でもついていけたかどうか怪しいところです。また、学生が目上の方とも普通に会話している(ように見える)のには驚きました。私の場合、今でも初対面の方とお話しするときは緊張と恐縮でシドロモドロになってしまうのに、もし学生でその場にいたら黙り込んでしまうのは火を見るよりも明らかです。このように、彼らは在学時から様々な人との交流を通じて教養を養うとともに、ネットワーキング技術を訓練します。そうして卒業時には、教養、専門知識、社交性を兼ね備えた人材として世界中に巣立っていくのでしょう。

 教養はともかく、社交性は個人の資質に負うところが大きく、教育で得るものではないと思っていました。しかしこの滞在を通して、意識がガラリと変わりました。本人たちはそうとは気づいていないかもしれませんが、カレッジでの様々な行事を見るにつけて、彼らは社交性も教育されているのだ、と思うようになりました。一方、日本の大学ではどうでしょうか?私はナマケモノ学生で時間はタップリあったはずなのに、学内外にそうしたヘテロな人材が交流する機会や仕組みがあったのかどうかも、気がつかずに卒業してしまいました。おそらく探せばあったでしょうから、今思うと非常にもったいなかったと思います。ですから若い学生の皆さんには、自ら機会を見つけていろいろな人と交流することを、自省の念をこめておすすめします。もちろん、私でよければいつでもおつきあいしますよ。ただし、教養レベルはイマイチの上、シドロモドロになるかもしれませんが。。

 

66.小島英敏 (サッポロワイン(株))『機能性と嗜好』2009年09月07日

 皆様はじめまして。サッポロワインの小島です。小堀先生とは大学の学生実験パートナーでした。今回、本コラムのお話をいただきまして当時の事を懐かしく思い出しました。以前はサッポロビールの研究所に勤務しておりまして、「ワインの香りのリラックス効果」の研究もやっていました。「リラックス」は食品の機能性に入るかと言えば、微妙なところですが、GABA入り食品の例もあるので最近は機能性の一つに入るのでしょう。それもありまして、昨年サッポロワイン社岡山ワイナリーへ異動し、今はワインの作り手側になっています。これまでとはまた違った五感をフル稼働させる日々です。先日、研究所時代にした仕事の関係で、日本アロマセラピー学会で講演する機会がありました。本コラムではその体験と思うところを記したいと思います。

 日本アロマセラピー学会の参加者はほとんどが医師・看護師など医療関係者でした。彼らは研究者であると同時に医療現場に従事する者であり、私は彼らが現場主義者である印象を受けました。彼らには現場で効果のある治療が重視されます。アロマテラピーを施す他の講演の中で「緊張緩和のために好きな香りを嗅ぐ」という話がありました。討議の際、この話題は議論になりました。そもそも薬・治療は嗜好と関係なく、効果を発揮するという考え方があります。一方で、プラシーボ効果のようなものがあることも知られています。私も嗜好が先か効果が先かと問われる事がしばしばありますが、そう簡単な問題ではないことが分かってほっとしました。これは医師の間でもすぐに結論が出る話ではなかったのです。

 それぞれの場合について、嗜好が先と考えると、好き→脳の報酬系の活性化や単純接触効果(繰り返しのある場合)→さらに好き→「リラックス」「緊張緩和」「安心」「満足」を感じる。これには言葉の定義の問題も絡んできます。被験者の自覚する「リラックス」は「副交感神経活性化」とは同じでないかもしれません。  効果が先と考えると、「リラックス」「緊張緩和」「副交感神経活性化」→心地良い実感を伴えば好き。嫌いな香りは嫌い。ちなみに私はカモミールの香りが好きではありません。効果がある香りでも患者が嫌いでは続かないそうです。

 医療現場では症状が改善するならば、理屈は後から付いてくれば良いというスタンスもあるようでした。そして討議の結論は「香りに対する嗜好も考慮する必要があるかもしれない」というものでした。嗜好と効果の関係について、今後、医療関係者の間でどのような結論が出るのか興味深いところです。

 最後に、アロマセラピーには「香りがあるという安心感」も期待されるのだと思います。私の実験において、「香りがあるかないか分かりません」と言って、無臭サンプルを提示すると、被験者は決まって怪訝な顔をしました。一方、香りのあるサンプルを提示すると安心した顔をしました。食品においては「香りがあるという安心感」に加えて、「期待した香りがあるという安心感」が求められると思います。カレーはカレーの香り、オムライスはオムライスの香り、期待した香りがあると安心感があるのではないでしょうか。その安心感がおいしさにも繋がっていく気がしています。雑文を失礼いたしました。