21.宮城 淳 (千葉県産業支援技術研究所)『食品メーカーはつらいよ』2005年05月10日
私の務める地方公設試は、研究、受託試験、技術指導等を通じて、県内企業への技術支援を行い、県内産業の振興につなげることを使命としている。特に企業からは、技術的に困った問題が起こったとき、すぐに相談にのったり、分析を行ったりできる駆け込み寺的な場所として期待されている。納得できる仕事ができ、企業の担当者から、「大変助かりました」等と感謝されたときは、実に嬉しいものである。
近年、食品表示の偽装事件、BSE、大量食中毒事件等、食の安全、安心を揺るがす事件が相次いで発生している。このため、消費者やユーザーの目が厳しくなっているのか、最近はクレーム対策に関する相談が特に多い。
発酵食品類で特に多いのが、酸敗や産膜酵母等の発生によるクレームである。変色や沈殿の有無、ガスの発生等を確かめてから、変色や沈殿部の実体顕微鏡や電子顕微鏡による観察、pH測定、乳酸値の測定等でほぼ診断がつく。最近は低塩化が進んでいるため、このような事故例は多くなっている。事故例の中には、自動化された衛生管理システムを過信しているケースも多い。事故を防ぐ第一歩は、低塩化により以前よりリスクは高くなってきていると危機感を持ち、機械に頼らず自分(複数)の目で詳細な工程のチェックを行い、衛生管理はこれでいいのかと常に問題意識を持つことが大切であると考える。
食品全体でのクレームでは、異物混入が特に多い。異物の鑑定法としては、まず、実体顕微鏡や走査型電子顕微鏡で形態学的に異物を推定し、次にエネルギー分散型X線分光器により元素分析を行い、無機物か有機物かの判定を行う。無機物であれば元素分析でほぼ鑑定できる。有機物であれば、赤外分光分析を行えば、ほぼ鑑定が可能になる。ただし、複雑な混合物で、形態学的にも判別できない場合は、鑑定が不可能なこともある。
異物鑑定では、昆虫の足、陶器のかけら、鉄粉、樹脂類等と今まで種種多様なものが検出された。しかし、最近は、消費者の方で混入したと考えられる異物混入も多い。例えば、レストランの肉料理に付いていたとクレームされた異物が、歯の詰め物だったり、弁当のご飯の黒い小さな異物が隣にあるトンカツの破片であったり、誕生ケーキに入っていたという白い異物が、ろうそくの成分であったり、中には、故意に異物混入を装ってクレームをつけているのではないかと疑えるケースもある。
我々の公設試によく異物混入によるクレーム対策の相談によく訪れる企業がある。その担当者はとても熱心な方で、異物混入対策や衛生管理もしっかりやっている。我々の出した鑑定結果を最大限活用して、徹底的に異物混入の原因を追及し、事故の再発防止を図っている。にもかかわらず、異物の鑑定依頼が多い。この企業の場合、相談内容や分析結果から考えてみると、企業内で異物が混入している可能性が低いものが多い。しかし、確たる証拠がないと、「お客様の方で、異物が・・・」などとは口が裂けてもいえない。
このようなクレーム対策で、企業の担当者が最初にやらなくてはいけないのは、消費者へ誠意を示すことである。仮に企業の方に99%責任がないにしろ、その企業の製造した食品に対しクレームがついたら、消費者に納得してもらう対応を直ちに講じなければならない。担当者から、そうゆう話を聞くにつれ、「食品メーカーはつらいな」という感情がこみ上げてくる。
22.礒野康幸 (大日精化工業株式会社)『ガッテンしかねること』2005年06月20日
以前、人工甘味料アスパルテームの酵素合成に関する研究を行っていたことがありました。成果について農芸化学会年会でポスター発表をしていたところ、某国立大学の学生が質問に訪れた。曰く「アスパルテームって人工甘味料ですよね。安全性に問題があるのではないですか?」。私はバイオリアクターの発表をしているのに何でこんな質問が来るのかと思いつつ、「アスパルテームはアメリカFDAにて安全性は確認されている」。彼「フェニルケトン尿症の人が食べたら重大な障害が発生する」、私「フェニルケトン尿症は新生児の段階でチェックされる。また、アスパルテームはフェニルアラニン化合物との表示義務がある。それなのにフェニルケトン尿症の人がわざわざアスパルテームを摂取するのか。そもそもフェニルアラニンは天然アミノ酸なのだからご飯やパンにだって含まれているのですよ。」彼「それでも、アスパルテームによる奇形や脳障害の報告がある」私「食塩だって摂りすぎれば死ぬんですよ。アスパルテームは糖尿病患者の代替甘味料として有用なのです。そのときも、障害が出るほど多量に摂取する必要はないのです」
冬場のドアノブで1万ボルトの静電気を浴びても感電死しないのは、電流及び通電時間が非常に小さく、電力量(電圧×電流×時間)が極めて小さい値になるから。食品添加物でも毒性×摂取量×摂取期間でその害の大きさが決まる。毒性の指標LD50(対体重60kg)についてみると、砂糖:1800g、アスパルテーム:300g、食塩:240g、ビタミンB1:180g、カフェイン:12g、カプサイシン:3.9gとなっています。アスパルテームよりLD50の小さいビタミンB1やカプサイシンは健康によいと宣伝されていますが、カプサイシンの毒性はアスパルテームの75倍もあるから危険だという人はいないでしょう。カプサイシンで死ぬためにはトムヤンクンを2000杯位食べなくてはならないのです(その前に食べ過ぎでダウン確実)。
アスパルテームを擁護する義理はありませんが、学生といえども科学者の卵ならばもう少し科学的な思考を行えないものでしょうか。彼は市民講座のような場で食品添加物の危険性を講釈しているのだそうですが、情報発信者はその情報の持つ影響力に注意する必要があるでしょう。群馬大学の高橋教授は第59回日本栄養・食糧学会大会(2005:5:14)にて、テレビの健康情報番組の視聴量が、特定保健用食品(トクホ)など健康食品の購買行動に強く影響していることを発表されました。マスメディアの持つ影響力については、先のコラムで橋本先生が触れられているとおりです。99年夏、「買っては○○ない」という本がベストセラーになりましたが、正しい情報よりも衝撃的な情報の方が伝播力が大きいように思われます。また、単純化された情報(○○を食べると健康になる、△△を食べると病気になるといったいわゆる、マジックフード、魔女フード)の方が世に受け入れられやすいようです。情報発信側としては、正しい情報を提供するだけではなく、いかに幅広く伝えることができるかも考慮しないと、せっかくの有用な情報が独り言にもなりかねないのが現代社会なのかもしれません。
私はモザイク荷電膜という拡散透析用高分子膜の開発を行っております。この膜を使って、海洋深層水の脱塩および脱塩深層水の利用についての仕事をしていたことがあります。この海洋深層水も一時期は「魔法の水」のように扱われていた時期がありました。深層水に限らず、水業界の奥の深さ(怪しさ?)には思わず惹き付けられてしまうものがあります。アルカリイオン水、電解水、活性水素水、磁化水、等々。それなりのエビデンスを示しているものもあるが、その解釈が必ずしも正しいとは限りません。正しい情報を得たとしても、それを受け手が正しく解釈できるかによって、情報が歪められることもあるわけです。「消防署の方から来ました」は事実でもそれを「消防署の人が来た」を解釈してしまうと誤解になってしまうのです。情報発信側が誤解(時には意図的な)を含めて発信する場合、受信側が誤解しやすいように発信する場合、受信側が誤解してしまう場合など、情報の誤解にはいろいろなケースがあるでしょう。そのため、情報の解釈、論理的な思考、正誤の判断、などの能力は溢れる情報の中で生きていくために必要なスキルとなっていくてしょう。
このコラムを書いている間にも、アルファリポ酸と寒天が飛ぶように売れているようです。早速私も買いに行かなくちゃ。健康になるためなら死んでもいいや?!
23.野田高弘 (北海道農業研究センター)『地域農業研究といも類澱粉』2005年07月29日
私は、社会人になって16年間、最初の1年間の研修を除いて、中央から遠く離れた地で農作物の品質特性の研究に取り組んでいるという経歴の持ち主である。1989年4月に農林水産省に入省し、筑波の食品総合研究所での研修の後、1990年4月に九州農業試験場作物開発部(現・九州沖縄農業研究センター作物機能開発部)(熊本県菊池郡西合志町)に配属されて以来、サツマイモ(甘藷)澱粉の研究を主に従事してきた。2001年4月に北海道農業研究センター畑作研究部(北海道十勝管内芽室町)に異動してからは、馬鈴薯澱粉の研究を主に行っている。地域の農業研究センター(2001年3月までは農業試験場と呼ばれていた)は地域の農業の発展に必要な基礎的・先導的な技術開発研究を行っている。私がこれまでに配属されていた品質・流通研究部門は、作物の需要拡大を図るため、素材を活かした利用・加工技術の開発を目標としている。次いで、私がこれまでの主な研究テーマであった国産のいも類澱粉について解説する。
現在でも南九州ではサツマイモ、北海道では馬鈴薯からの澱粉製造がそれぞれ行われている。澱粉原料用のサツマイモ品種は「コガネセンガン」、「シロユタカ」が代表的なのに対し、馬鈴薯品種では「コナフブキ」、「紅丸」が広く栽培されている。なお、サツマイモの皮色は赤紅、馬鈴薯の皮色は白黄であるのが一般的であるが、「コガネセンガン」、「シロユタカ」の皮色は白、「紅丸」の皮色は淡赤であることを付記しておく(南九州ではサツマイモといえば皮色が白というのが常識!)。畑から収穫されたサツマイモまたは馬鈴薯は、トラックで現地の澱粉工場に搬入し、そこから混入土砂や石などを取り除き、洗浄する。次いで、摩砕機で摩砕し、得られた摩砕乳は脱汁・篩別を行うが、この過程で澱粉廃液、澱粉粕が副生する。一方、澱粉乳は脱水・乾燥した後、袋詰めを行い、様々な品質管理チェックを経て澱粉製品ができあがる。
馬鈴薯澱粉は他の澱粉に比べて、糊化温度が低い、粘度が高い、糊の透明度が高い、等といった特徴があり、この特性を活かして意外なところで利用されている。まず、かまぼこ、ちくわ、はんぺん、さつまあげ等の水産練製品があげられる。水産練製品原料として、漁獲量の多い安価な魚であるスケトウダラ、エソ、タチウオ等のすり身が広く用いられるが、これ自身では練製品の独特な物理的味覚である弾力感(あし)が形成できず、澱粉の使用が必要となる。水産練製品は、東日本ではプリプリした食感が好まれるのに対し、西日本ではふっくらしたソフトでかみ切りやすい食感が好まれている。このような嗜好に対応するために、東日本で生産される水産練製品には馬鈴薯澱粉が主に用いられる。すなわち、馬鈴薯澱粉では、小麦澱粉やコーンスターチの2倍以上のゲル強度(ゼリー強度)を示すため、これが東日本の練製品におけるプリプリした食感の基本となる。また、馬鈴薯澱粉は麺類にも大量に利用され、特に、冷麺の独特の弾力感を出すために用いられている。冷麺は、我が国では盛岡冷麺が最も有名で、一般的に、小麦粉と馬鈴薯澱粉の混合粉にかん水を配合して生地を調製し、押し出し装置を使用することで製造できる。馬鈴薯澱粉の配合割合としては、30~70%が最も望ましく、20%以下だと冷麺らしいゴムのような弾力感が不十分となる。昨今の韓流ブームにより韓国への旅行者が急増する中、本場冷麺を体験する人々が増えているため、今後、この方面での馬鈴薯澱粉の需要拡大を期待したいところである。
24.前田智子 (兵庫教育大学)『新しい食品素材としての分級小麦粉の開発とその特性』2005年09月29日
我々日本人は古くから米を主食としてきたが、食生活の欧風化、生活スタイルの多様化と共に米の消費量は減少し、パン、うどん、パスタ、ラーメン等の小麦粉製品の摂取が着実に増えつつある。我が国は小麦粉のほとんどを外国からの輸入に頼っており、小麦自給率は14%(平成16年)である。小麦は元来豊富なビタミン、ミネラル、食物繊維を含み栄養価の高い食材であるが、現在のロール粉砕と篩分による製粉法ではこれらの大部分が除去される。特に食物繊維は大腸癌、心臓疾患等の発生を抑制する重要な成分であるが、日常の食生活では充分に摂取されていない。しかし、最近開発された改良型酒米用搗精機を用いた「分級製粉精粒法」では、小麦穀粒を外層部より、中心部まで段階的に粉砕することができる。従って、従来法での製粉歩留まりの改善と栄養素を多く含む分級粉の有効利用が可能となり、美味以外の付加価値のある食材、また自国での継続的な小麦粉の生産を目指すことができる。既に、分級粉の製パンへの100%利用は困難であることが判明しているが、軟質小麦農林61号(N61)への分級粉10%の代替は、N61単独よりも製パン性を改善した。また、30-50%代替とヘミセルラーゼ、ペントサナーゼやセルラーゼの併用はドウの物性とパンの品質を改善し、N61よりも良好なものとした。分級粉はN61よりも多量の損傷澱粉を含むが、これは削るという分級法に依存しておりこの特徴がドウの発酵、熟成、伸展性、粘性などを高めていると言える。従って国産小麦粉への分級粉の代替と酵素併用が、N61単独よりも多量の食物繊維、ビタミン、ミネラルを含みかつ従来以上の製パン性を備えたパンを調製できるならば、食品としての付加価値を充分に満たす製品であると思われる。原始製粉時代は穀類をサドルカーンの上に載せて石片で圧縮し押しながら、すって粉にする方法がとられていた。道具は異なるものの既に現在の製粉原理はこの時代に完成していた。後に、それには工夫と改良が施され回転式石臼の「ロータリーカーン」が作られた。その後、多くの改善が加えられたが、それでもなお長い間、小麦の挽砕と製粉工程は石臼でおこなわれてきた。1588年にイタリア、1820年にスイスでロール製粉機が製作、使用されるようになり、世界の製粉工場の石臼はロール機に切り換えられ、今日のような全自動式製粉システムが完成するに至った。回転式の石臼のしくみは、上下ふたつの石を組み合わせ、すり合う面には溝(目)が彫ってある。近畿圏では、圧倒的に8分画であり、関東では6分画が多い。通常は右手で上臼をまわし、左手で穀物を少しずつ入れる。その為、手挽き臼は下臼を固定し、上臼を反時計方向にまわすのが普通である。この石臼により製粉された粉がいまだ重要な位置を占めているものに日本では京友禅の糊、蕎麦、艾、抹茶、豆腐の製造がある。特に近年では豆腐も大豆をマイクロミリングにより微粉砕し、おからが殆ど出ないような製法がとられる時代となってきたが、いまだ石臼の右に出る機械は見あたらない。即ち、現代の粉砕機は量的な生産量には優れているが、品質の面では劣ることが知られており、いまだ石臼の技術に追いつけないものがある。今回紹介した分級法は、我々の製粉技術の発端になった石臼による製粉原理と似通った方法であり、一見簡易な製粉方法ではあるが、我々の生存の為に考え出された非常にシンプルな機能的技術の原点に立ち戻ったものと考える。
25.森光康次郎(お茶の水女子大学)『裏側』2005年12月13日
ちょっと前の話ですが、静岡でのJSoFF(第7回)の懇親会にて...少し酔いが回ってきて、私の大好きなお二人(某教授と某メーカーの姐さん)と話がはずんで、「食品機能の良い面だけではなく、もしかして悪い面や心配な面を集めた研究集会をやってみたら面白いかも?」という話題になりました。もちろん本気ではないまま話が進みました。でも、意外と食品由来の機能性成分とて(投与量にも因りますが)入れたら無茶苦茶まずくなったり、細胞がやたらと死んだり、実験動物が下痢したり毛が抜けたり、時には突然死んだりという結果を誰もがそっと持ってたりして(^^;)・・・などと最後には根拠のない笑い話となりました。その研究集会の名前も「UCoFF(ウラコッフ)」でいいんじゃない?と殆ど冗談で決まり、その冗談の通り、現在まで誰も本気にせぬまま第1回の開催へは漕ぎ着けていません(笑 ^o^ JSoFF関係者の皆様ゴメンナサイ)。
もちろん私自身は、体に良い方の食品機能性研究の末端に身を置かせていただいており、自分でも「良い機能性」研究がヒトへ還元できるよう努力したいと考えていますし、そんな自分の研究が大好きです。決して、「悪い機能性」研究を大いに盛り上げようなどという気持ちは毛頭ありません。ただ万事、物事は「程度」が重要であり、私のボスがよく使う「いい加減」という言葉と同じく、時として良い方にも悪い方にも転じる不確定さが相合わさっているのだと、日頃から念仏のように唱えておこうと私は思うのです。「アスコルビン酸はAnti-oxidantでありPro-oxidantである」という論文のタイトルは、結局この類なのかもしれません。しかし、「生体で万能&強力なAnti-oxidantだ!」などと誇張されるのは腹が立つし、「生体で危険なPro-oxidantとして働くぞ!」などと脅されるのも恐くて嫌な私は、結局、単なる天の邪鬼なのかもしれません。
では、「いい加減」な食べ物の研究って何なの?と聞かれたとしたら、現在の私では「全くわかりましぇ~ん」と答えるのみです。唯一、何とか日頃食べる量を摂取し続けることで効果が出ますようにノと手を合わせて祈るだけです。そぅ、豊作を祈る農家と同じ気持ちなのかもしれません。現時点で、「1日の摂取量は○○○mgで完璧に効果が出ますし、全く悪い面など将来に渡ってありません」と万人に対して保証できる食品機能性成分って、いくつあるのでしょうか? でも一方で、そんなモノを世に送り出してみたいと思う『裏側の私』が居たりするもんだから、まだまだ精進が足らないのかも・・・ナムナム。
26.立花宏文 (九州大学)『雑煮』2006年01月25日
無類の雑煮好きである。
何の因果か、コラムの依頼が1月に回ってきたので雑煮について記す。
福岡市に居住して40年近いが、我が家の雑煮は博多雑煮ではない。
博多雑煮は、“あご”でとったダシ汁をベースにした醤油仕立て。“あご”とはトビ魚のことで、師走になると乾燥させて黒く焼いた飛び魚がスーパーの店頭にならぶ。
具材として、ブリ、大根、人参、里芋などを入れる。青野菜として、博多特産の”かつお菜”を入れる。かつお菜は噛みしめると、かつおの旨みがするということから名づけられたという、ちょっと変わった味の野菜である。
これら、あご、ブリ、かつお菜が博多雑煮の特徴である。
ちなみに、博多の料理屋には「正当博多雑煮」をメニューに出している所もあり、年中賞味できる。興味のある方は来福の折にでもお試しを。
さて、我が家の雑煮である。
ダシ汁のベースは鶏スープに煮物の煮凝り少し。具材はブリの代わりに鶏肉、かつお菜の代わりにみず菜が入る。餅は丸餅で、一旦煮て柔らかくしてからお椀に入れる。
このレシピ?は父方の系統らしい。母は祖母からこの雑煮の作り方を習ったようで、現在に至っている。
両親とも福岡県出身であるが、出身地は博多を起点とするとちょうど北と南に50Kmほど離れている。このたった100Kmの地理的な違いが具材の違いに現れている。
母方の雑煮では焼き餅を使う。これにお湯をかけて柔らかくする。ダシ汁のベースは昆布とするめである。
結婚した際、こだわったのが雑煮の味の継承である。我が家の味が絶対に一番と思って疑わなかったからだ。
今年のお正月、里帰りから戻ってきて自宅で出てきた雑煮の味が若干違っていた。かみさんに文句を言おうとしたが止めた。結構旨かったのだ。代が替わるとともにその家庭の味が生まれるということか。
日本各地で、家庭でそれぞれ、独特の作り方や味があって千差万別であろう。はたして、どのくらいの種類の雑煮があるのだろうか。レシピを集めたらさぞ膨大な数になることだろう。
毎年のことだが、雑煮を食べ過ぎた体を気にしながらの一年の幕開けである。こればかりはどうしようもない。
27.熊沢茂則 (静岡県立大学)『NMRとMS』2006年02月27日
あなたの研究の専門は何ですか?と問われたとき、食品科学(化学)ですと答えるときもあれば、分析化学ですと答えるときもある。また、NMR(核磁気共鳴)ですと答えるときもあれば、MS(質量分析)ですと答えるときもある。食品の研究者で毎年、質量分析討論会とNMR討論会の両方に出席している人は、たぶん私以外にはいない。
現在の研究室の看板は「食品加工貯蔵学研究室」であるが、実際に食品の加工や貯蔵の研究をしているわけではない。研究手段は主にNMRとMSである。NMRとMSを比べて、どちらが好きかと聞かれると少し判断に迷うが、NMRの方に軍配が上がる。なぜNMRは、そんなに魅力的なのであろうか。それはNMR測定を自分で行い、スペクトル解析も自分で経験したことがある人ならわかると思う。NMRの魅力は、スペクトルを得るまでだけでなく、得てからもあるからである。そうかといって、MSも魅力がないわけでもない。MSはMSなりに魅力的な機器であり、そもそも両者を比較すること自体が難しい。
初めて二次元NMRのチャートを目にしたとき、初めてHOHAHAスペクトル測定に成功したとき、初めて三次元NMR測定に成功したとき、初めて固体重水素NMR測定に成功したとき、これらすべてが感動的な場面であり、こういった感動が自分の研究の推進力になってきた。
自分自身、NMR装置を前にして、あれこれパルス系列を考えて測定プログラムを作り、思い通りのスペクトルが得られたときほど至福のときはなかった。NMR装置を前にしていると時間を忘れてしまうような気がする。以前に共同研究でお世話になった(元)東京大学薬学部の荒田洋治先生は、心底からNMRを愛しておられたが、私も当時その気持ちはよくわかった。
今の静岡県立大に赴任してからは、NMRよりもMSに触る時間の方が長くなった。NMRに長く携わってきた者にとっては、MSの方がはるかに易しく感じる。異論はあるかもしれないが、確かにちょっとのトレーニングで、誰でも簡単に使いこなせるようになるし、解析も容易な気がする。そのため、昨今のプロテオミクスのブームは少しばかり、歯がゆい部分もある。
NMRは、これからどこへ行くのだろうか。日本では、理化学研究所を中心に「タンパク3000」プロジェクトが進められ、高磁場NMR装置を数十台並べ、システマティックに蛋白質の立体構造を次々と決定していく様子は、もはやサイエンスではなく、テクノロジーになってしまったかと思うほどである。1990年代初頭、近代のNMR技術を確立されたエルンスト先生がノーベル化学賞を取り、三次元や四次元NMRをはじめとした新しい測定法が次々と生み出され、新たなNMRの学術雑誌も創刊された頃の華やかな時代(バブルの頃?)は、もうやって来ないのであろうか。このような回顧をするようになったのは、自分も年を取ったせいもあるかもしれない。後ろを見るのではなく、前を見て研究を進めていけば、10年後に今が懐かしくなる時が来るかもしれない。そのときには、NMRはどのような進歩を遂げているであろうか。それよりも、自分はNMRに関わっているだろうか。
考えてみれば、NMRもMSも分析機器の一つに過ぎない。「食品」を研究するために、必ず必要な機器でもないかもしれない。でも私は食品よりも、NMR討論会やユーザーズミーティングなどで、測定法やそのノウハウについて、研究者同士議論をしていた方が話は尽きないし、そのような時間の方が楽しい。このようなことを言うと、お前は本当に食品の研究者かと言われそうであるが、あくまでも食品研究のためのツールとして、NMRとMSはこれからも興味を持ち続け、利用していきたいと思う。また、これらの機器の魅力を学生にも伝えていきたいと思っている。
NMRとMSについて、最近思っていることを書き連ねてみました。食品研究者の人でも、私のようにNMRやMSにこだわりを持っている人(NMRオタクまたはMSオタク?)はいませんか。NMRやMSの将来、そして「食品」研究との係わり合いについて語り合いましょう。
28.三浦 靖 (岩手大学)『地産地消と産学官政民連携』2006年03月29日
アジアに「世界の工場」の座を明け渡した日本の製造業には,もう語るべき未来がないという見方をする方が多いように見受けれます。モノづくりの現場にいる経営者自身までが他国との競争条件の劣後を理由にして自らの将来を悲観し,不安を抱き,しまいには政府に責任転嫁するところまで行き着くことが多いようです。歴史を振り返れば,日本企業はいま,新しい成長モデルを創出するための産みの苦しみに喘いでいるだけであり,景気悪化に喘いでいるのではないと思います。現在および将来には過去のビジネスモデルが適用できなくなったのですから,ビジネスモデルを大転換するしかないでしょう。
「平成14年度農業・食料関連産業の経済計算(速報)」によれば,わが国の国内生産額は食品工業が35兆6281億円,飲食店が20兆9619億円です。食品工業は,手工業的な色彩から機械化,自動化への道をたどり,高品質な食品を連続的に効率よく大量生産できる方式が確立されるようになりました。この進歩には,食品化学,食品物理学,食品分析学,食品衛生学,食品保蔵学などは勿論ですが,筆者が携わっている食品工学も大いに寄与しています。
これからのモノづくりの方向性として,廃棄物の発生抑制,無駄の排除,資源の再利用,機材・設備の修理を重んじるという消費者および生産者の意識改革,そして再資源化,分別・分解,廃棄物のエネルギー資源化を第一義とした持続可能型社会システムの構築が見えてきます。
地場産の農林畜水産物を地元で消費するという「地産地消」の実現には,・モノづくり(商品),・ヒトづくり(人材),・ルートづくり(販路)が重要な要素であり,『産官学政民連携』がその推進に必須です。私は仕事の関係で地場産品を購入する機会が多いのですが,再び購入したいと思う商品は数少ないのが現状です。また,新聞やテレビで話題にはなるが商品として短命である場合が多いように思います。商品には買おうと手に取る「アプローチ」,その商品価値を評価して再び購入しようとする「リピート」が必須ですが,これらの地場産品にはリピート性が低い,端的には美味しくないものが多いのです。現在の食に関わる消費者志向が,・健康維持,・安全性確保,・簡便性,・アメニティとホスピタリティ,・食文化の多様性や食の匠の尊重であるという認識が希薄なためでしょう。また,原材料を単に地場産品に換えただけ,あるいは配合に加えただけという技術的に工夫のない食品が多いのです。ローカルブランド商品がナショナルブランド商品に対抗するためには,新商品の開発に邁進し,商品の多様性と品質の安定化を追求し,「知加価値」の向上を追求することを提言します。
29.高橋 徹 (秋田県農林水産技術センター)『君こそスターだ!』2006年04月27日
インターネットを通じて地方の「うまいもの」が掘り出され,いわゆる「おふくろやおばあちゃんの味」が広く知られ,時として加工食品として製造・販売される世の中になりました。自宅に居ながら,全国(海外も含めて)各地の隠れた銘品を堪能できる便利な反面,ライバルも増えたために単に特産品という肩書きだけではリピーターが得られない厳しい時代でもあります。私も勤務している地方公設試の主な業務は,各県の食品企業の皆さんの技術支援です。インパクトのある商品の開発には「付加価値」が必要ですが,最近はこれにプラスして「高品位」という意識も高くなっています。
秋田の加工食品で出荷額の多いのは清酒ですが,これに続く商品がなかなかありませんでした。農産物は米の他にもじゅんさい,とんぶり,ハタハタなど通好みの食材が豊富ではありますが,米を含めて素材のみで勝負することが多く,お客のこと細かいニーズに対応しきれない場面に遭遇してきました。他県を見渡してみると,素材を利用した加工品を多岐に,数多く製造・販売することでその素材の販促にも一役買っています。新潟県のコシヒカリや山形県のさくらんぼ,ラ・フランスがその例です。秋田でもこれまで以上に,食品加工と農・林・水の関係が密接になりつつあります。ようやく,他県の背中が見えてきた,と言ったところでしょうか。 さて,秋田米の食品加工(清酒を除く)の技術支援を続けておりますが,やはり「きりたんぽ」に関する相談が最も多いです。きりたんぽは県の北部が発祥とされ,晩秋から冬期に食べられる食事です。調理方法は至って簡単で,米飯(うるち米)を粒の形が残る程度につぶして(半ごろしと呼ばれます。)串に巻きつけて表面を焼き上げたものです。表面にたれを塗ったり,味噌風味の鍋(明治時代以降は醤油風味が主流)に入れて食べたりしてきました。長野県や新潟県の「ごへいもち」とも似ています。
25年ほど前から,きりたんぽは鍋セットとして県内外で販売されるようになりました。きりたんぽも加工食品として,デビューしたのです。その後,成形,焼成工程の機械化へと発展し,品質の安定と大量生産も可能となりました。現在では製造・販売を合わせて100社ほどがしのぎを削っています。また,きりたんぽは鍋ブームやTV番組への出演など,「スター街道」まっしぐらでしたが,克服すべき点も多くありました。企業の皆さんが最も苦労したのは,冷却・包装工程の清浄化,省力化,システム化です。焼成後のきりたんぽの迅速な冷却は,微生物の増殖を抑制するために欠かせません。このシステムの開発に際して,地元の企業とチームを組んで基礎データの計測から実地試験まで約1年間のプロジェクトを推進しました。この結果,高品位な製品,装置の完成のみならず,最もうれしかったのは,ものづくりの楽しさ,大切さを再認識していただいた(我々も含めて)ことです。現在も次なるスターを探して日々精進と言ったところでしょうか。
30.川端康之 (大阪樟蔭女子大学)『遺伝子組換えを習ってきました!』2006年06月01日
はじめまして。縁あってコラムを書かせていただくことになりました。簡単に自己紹介させていただきますと、現在の職場では、管理栄養士養成課程で食品学・有機化学を教えています。専門は糖質関連酵素を利用した食品素材の開発で、現在はサイクロデキストラン合成酵素を扱っています。
今回は、昨年度の国内研修中に体験したことなどを書いてみたいと思います。
私は、食品に使える酵素を研究してきましたが、遺伝子工学に触れる機会がなく、いつも酵素の調製に苦労していました。遺伝子工学を使えれば、標的酵素の遺伝子をクローニングして、大腸菌などに組換えて大量生産が可能となります。直ちに食品に用いるには、日本国内ではまだまだ難しいですが、酵素を使った食品を調製するにはある程度の酵素の量が必要で、研究用なら組換え酵素を使っても良いと思っていました。
そこで、遺伝子工学の技術を研修できるところはないか、近隣の大学で受け入れてもらえそうでかつ、アクティビティの高い研究室を探していたところ、自宅のすぐ近くに奈良先端科学技術大学院大学があり、小笠原直毅先生という枯草菌の大家に受け入れていただきました。 小笠原研での研究生活ではいろいろなカルチャーショックを受けました。例えば、大腸菌や枯草菌の生育の早さもその一つです。私がこれまで培養してきた放線菌やカビ、バチルス属細菌はたいてい2日から3日培養時間が必要でした。長い時は、7日培養したこともあります。しかし、組み換え大腸菌を使った酵素の誘導生産は、培養開始から2から3時間でOD=0.6に到達し、IPTGを添加して目的遺伝子の発現を誘導し、2から3時間で菌体を回収してしまいます。朝はじめて夕方には酵素を大量に生産した菌体を得ることができるわけです。枯草菌を宿主にしても、たいてい24時間程度の培養で菌体外に標的酵素を生産させることができました。
また、これらの形質転換体が確率の産物であることも、驚きの一つでした。学会発表などできれいに設計されたベクターのスライドを見るたび、すごい!と感じていたのですが、実際にやってみると100%に近い反応収率があるのではなく、1%とか0.1%できたものを選抜していることがわかりました。例えば、大腸菌の形質転換でも、形質転換体が得られる確率は使った細胞の1/1,000から1/10,000でしょうか?もちろん確率を考慮したうえで、プレートに蒔いているので、プレートには数十個のコロニーが出てきて、そんなことは全く気になりません。また、1個取れればよいのも事実で、どんなに確率が低くても1個取れれば、すぐに増殖してくれ、翌日にはプラスミドや酵素を調製することができるわけです。
他にも、結構ラフに実験している様子も驚きましたし、その一方で培地の微量元素濃度や生育ステージに敏感だったり繊細な一面があるのにも驚きました。とにかく刺激的な1年間でした。1年間でPCRを使ったクローニングと大腸菌・枯草菌への組換え系を得ることができました。今後の研究の展開にぜひ応用したいと考えています。今は、授業に追われる日々で全く実験できていませんが・・・。