11.橋本 啓 (宇都宮大学)『食の科学を研究するということ』2004年06月21日

 私たちは、食品に関する科学的な情報を提供する立場にある訳ですが、果たして私たちの発信している情報は社会の役に立っているのでしょうか。なにやらオカシナことになっているような危惧を皆さんは抱いていませんか。

 日本人はいつから自分と違う考え方に対して寛容でなくなってしまったのでしょうか。あるいは、メジャーではなくマイナーであることに耐えられなくなってしまったのでしょうか。これには、マスコミとかネットとか、そういったメディアが、多くの人には対応できないほど急速に拡充してしまったことに一因があるのではないでしょうか。先日も、イラクで日本人が拘束されるという事件がありましたが、世論(日本におけるメジャーな意見だと「みんな」が思っている意見)の変わり身の速さに驚きませんでしたか。これは大変だ、といった雰囲気が一転、自己責任!です。これは現代のメディアの持っている重大な欠陥—使っているつもりが使われている—によるものでしょう。個人が極論を持っているのは当然とも思いますが、世論が簡単に一方に傾いてしまうのは恐ろしいことだと思います。

 かつての戦争では、大量にビラをまいて情報を操作して戦いを有利に進めようとしました。我々は、「○○を食べるだけでがんを撃退!」といったビラの原稿を知らず知らずのうちに作らされている様にも思えます。しかもそのビラは様々なメディアを介して瞬時に広がっていきます。大学の講義の出欠ばかりか、目の前にいる学生からの意見や質問まで携帯電話で集計する時代です。情報収集発信の速度や形態は確実に変化しています。自分の発した情報がどの様に広まっていくのか注意しなければならないのかもしれません。(などと違和感を持っている時点で「若手の会」から足を洗って「苦手の会」になっているかも。)

 皆さんが普段何気なく耳にしているBGMなどの多くを手がけている作曲家の千住明氏は、「ゴージャスな曲を書きたければゴージャスなものを食べなさい」という様な教えを芸大時代に受けたそうです。食は生命を創るだけではなく創造性の源泉であるという点を忘れずにいることが大切であると感じています。うかうかしていると、『携帯からの指示の通りにサプリメントを食べていれば100歳まで生きられるのだからいい時代になりましたね。昔は料理なんて面倒なことをしていたって授業で習いましたよ。』なんて学生から言われかねません。食育の重要性も取り上げられるようになってきました。やはり、食は教育であり、文化であり、国の基幹です。放送翌日にスーパーの棚が空になるような研究ではなく、真の食文化に貢献できるような研究が出来ればよいな、と思います。

 

12.鳥居恭好 (日本大学)『風に吹かれて激痛が走る』2004年07月13日

 大学に勤務している以上、物心ついた時にはコンビニとファストフードのあった世代の学生たちを前に、健康維持における「食」の重要性を説くのも仕事の内です。ですから、教員があまり偏食も出来ませんし、生活習慣が原因で自ら「死の四重奏」を奏でるなんてことになっては、文字どおりオマンマの食い上げになってしまいます。そこで少々態度を改めまして、2nd ICoFF のバンケットで Dr. John H. Weisburger に言われた言葉、「Stay Japanese.」を念頭に和食中心で、ファストフードは極力口にせず、野菜たっぷりの食生活を心掛けておりました。加えて移動はもっぱら徒歩か自転車、早寝早起きで、もともとタバコは吸わず、そこそこ健康的な生活を送っているつもりでいたのです、酒以外は。学生の頃から「自分の守護神はバッカス(言わずと知れた酒神)である」と公言してはばからない人間でしたから、生まれ育った愛知県を三年前に離れて今住む神奈川県藤沢市へ移っても、当初の重要課題の一つは酒場探しだったほどです。ディスカッションや馬鹿話が高じて研究室で酒盛りになるのは日場茶飯事、学生を連れて飲みに行くことも度々です。やっぱりそこにトラップが仕掛けられておりました。

 2003年12月、3rd ICoFF の数日後の月曜日のことです。足指の違和感で明け方に目が覚めました。「昨日娘と公園で遊んだ時に挫いたのかな?」などと思い、指を曲げ伸ばししてから湿布薬を貼って再び床に入りますが、痛みは増すばかり。紐を緩くした靴をようやく履き、足を引きずってなんとか出勤しますが、昼頃には歩けないほどの痛みになりました。「それって痛風じゃないの?」と上司に言われ、まさかと思いつつもネットで調べると、<ある日突然激痛が▽足の親指の付け根の関節に出ることが多い▽症状が出て1日以内に痛みのピ−ク▽ひとつの関節だけに症状がある▽関節の部位が赤く腫れる>など、全部ドンピシャでした。<マッサージなどもってのほか>ともありますが、既に念入りにやってしまいました。<放っておいても数日で痛みは治まる>のだそうですが、一日だって耐えられそうにありません。夕刻、足を一層引きずりながら近くの医院を訪れました。妻と娘が保険証を持って医院まで来てくれました。娘は私を見つけるや満面の笑みで飛びつき、手を引いて駆け出そうとします。笑顔の悪魔に思えた、というのはここだけの話です。症状を説明し「痛風かもしれません」と医師に告げると、痛み止めのボルタレン(劇的に効きました)を処方され、採血採尿。三日後に医院を再訪し検査結果を聞くと、7 mg/dl 以上で危険とされる血中尿酸値は、なんと二桁の大台でした。

 医師「たいへん立派な痛風ですね。毎日薬飲んで下さい。水も沢山飲んで下さい」。

 痛風という名は「風が吹いても痛い」という意味だそうですが、風なんか吹かなくても痛いのです。高尿酸血症によって体内に生じる尿酸結晶が局所的な炎症を引き起こし激痛をもたらすものです。核酸やATPの最終分解産物が尿酸です。痛風には尿酸産生過剰型と尿酸排出低下型があります。私の場合は排出能は正常だったために産生過剰型と診断されました。この型に投与される治療薬アロプリノールはキサンチンオキシダーゼの阻害剤です。<アデニン→イノシン酸→キサンチン→ヒポキサンチン→尿酸>という分解を遮断し、キサンチンの段階で排出しようというわけです。

 一般的には痛風は美食大食の結果起きるものと考えられることが多く、「贅沢病」「皇帝病」とも言われます。食事中の核酸(よくプリン体と言われますね)の量が多いと血中尿酸値に反映しやすい。ではプリン体の多い食品はと言うと、おなじみビールの他、肉類(特にレバーなど内臓肉)、アン肝、タラコ、白子、貝、甲殻類など美食とされる物、特に酒の肴に多いようです。しかし私自身、特に贅沢や偏食をしているわけではない。不思議に思い調べてみると、食品のプリン体よりも自身の新陳代謝に伴う尿酸生成の方が遥かに多く、治療の際も最近はあまり食べ物についてうるさく言われないこと、そして、それ以外の生活習慣の方が重要であると分かりました。悪い要因を挙げると、肥満、運動不足、過度の運動、過労、ストレス、無理なダイエット、そして飲酒。高尿酸血症は典型的な生活習慣病であると言えます。私に関して言えば、原因には心当たりがあります、あり過ぎです。酒に違いない。アルコールは体内での尿酸生成を促進し尿酸排出を阻害する、つまり一石二鳥、じゃなくてダブルパンチ。脱水状態も尿酸結晶の生成を促進するので危険。アルコール自体にも、ビールに含まれるホップの成分にも利尿作用がありますが、こうした利尿作用で無理矢理尿を出す場合、脱水に拍車がかかるだけで、尿酸排出が伴っていないのだそうです。以上まとめますと、普段運動していない人が夏場に急に体を動かして、大汗かいて喉はカラカラ、いざ生ビール大ジョッキ、というのが最悪の組合せです……ビールの味わい方としては最高なんですけどね、ええ、勿論よくやってました。

 高尿酸血症の最大の恐ろしさは、実は痛風発作の激痛でなく(いえ、これも充分恐ろしいのですが)、尿酸によって組織が痛めつけられる点にあります。腎臓や血管にダメージを蓄積させ、合併症として腎不全(痛風腎)、動脈硬化、心筋梗塞などが起こり得るというのです。これは堪りません。毎日薬を飲み、水を何リットルも飲んでいます。体重も少し落としました。現在では血中尿酸値はほぼ正常です。しかし酒はどうにもやめられません。酒量を減らし、「三日以上酒を続けない」「ビールは一杯目だけ」「まず水をがぶ飲みしてから」「家では記念日にしか飲まない」などを心がけつつ、やっぱり飲んでいます。それにしても、自分の仕事を医師に話す時の恥ずかしさといったらなかった。食品研究をやっていて痛風だなんて……。学外の友人にも「痛風ぅ? あれぇ、トリイちゃん仕事なにやってたっけぇ(ニヤリ)」などと言われる始末。今は開き直り、学生に対しても「健康維持を心掛けないとこんな事になるのだよ」と反面教師を買って出ています。みなさんも重々御注意下さい。

 ところで、巷では「体をアルカリにしてくれるアルカリ性食品が健康に良い」云々の話を今でも良く耳にします。よくある健康商売の一つで、「食べ物で体のpHが変わるわけないだろうが!」とこれまで散々バカにしてきました。しかし、血液のpHは変化しなくても、尿のpHは食べ物で変化します。そして、尿酸の溶解度はアルカリ性条件下で高いため、「尿をアルカリ性にする食品」は高尿酸血症に良いのです。これにはなんとなく、思わぬしっぺ返しを喰らった気になりました。

 

13.津田孝範 (同志社大学、現中部大学)『「京食」にまつわるエトセトラ』2004年08月18日

 以前のコラムで名古屋大学の中村先生が名古屋の「食」についての体験と感想を上手くまとめていた。今回は、私が京都の「食」を眺めた感想プラス京都&名古屋の「食」比較を綴ろうと思う。あらかじめ断っておくが、極めて独断と偏見に満ちた内容である。どうか京都ご出身の方、お許しを。

 生粋の、おそらく脳みそまでも赤味噌の名古屋人たる私が、京都で仕事をすることになってしまった。京都の「食」とはどのようなものか。むろん食文化などというご立派なことではなく、何をふだん食べているのかということなのだが、ともかく気になるところである。といってもお金をたくさん持ち合わせているわけではないので、いわゆるB級庶民派の「食」に関する話である。

 とりあえず生協の食堂(いわゆる学食)から垣間見た。私にとって最初の発見は、カフェテリア形式のメニューにだし巻きやおからが常時ある、ということであった。定食でもおかずの一品としてだし巻きが添えられている。市内の食堂でも「出し巻き定食」というのがあったりする。これは名古屋地区にはあまり見られない。また生協でも納豆が置かれ、抵抗なく食されている。但しこの感想は関西は納豆嫌い、という先入観からかもしれない(実際に某納豆メーカーの方に話を伺うと昔と違って関西でも売れるそうである)。もう一つの発見(驚き?)は、サバの味噌煮が白いことである(甘い西京味噌が使ってある)。話には聞いていたものの、地域性を強く感じるひとコマである。もちろん中部地区は赤味噌使用である。一方で(あくまでも同志社大学での話だが)、ロースかつにかけるソースの中で何と「味噌」が選べて、比較的多くの学生が「味噌かつ」を食べていることは以外であった。最近名古屋経済が注目され、名古屋の飲食店が中央へ進出し、「名古屋めし」が浸透しつつあることを聞くが、学食にも、、、という感じである。なお味噌だれは白味噌ベースではなかったのでホッとしている。

 ではそれ以外はどうか。正直に言って物価は高い。「おいでやす+おおきに」料金が加算されている、とは関東出身のある方の弁。食事や食材購入にも、お得(オトク、と読む)を信条とする名古屋人としては抵抗感が強い。さて本題であるが、私個人としては、京都の人は総じて肉食である、という感想を持っている。その中身はすき焼き、しゃぶしゃぶ、鳥の水炊きなど。あるいは冬なら猪なべか。もちろん毎日、家庭で日常的に食しているということではないが。また味付けも決してあっさり薄味を好んでいるようには見受けられない。もっともこれは個人的な印象かもしれないので反論も多々あるかと思う。

 一方で魚はというと、安くて鮮度の良いものにあまりお目にかかれないという印象が強い。高級店はフォローできないが、実際に安くて鮮度の良い魚を売りにした店が少ないと感じる。確かに京都府は海に面している地域はあるが、これは今までの食文化と物流の問題かもしれない。特に回転寿司に見るべきものがない。すしの載った皿にふたをして乾くのを防いでせこく回すという店が多い。かつて名古屋地区も、近くに漁場に恵まれながら品質の良いものは築地へ流れてしまう、などといわれていたが、最近はそうでもないらしい。いずれにせよ魚食いの私としては少々残念なことである。

 最後にパンの話である。ある本によれば、京都は最もパンの消費が多い地域ということである。確かにローカルなベーカリーショップは目白押しである(S堂、S屋など)。味はというと、まあ可もなく不可もなくといったところか。ベーカリーショップにごはんや弁当が同時に売られていたりするのを見つけて意外に思ったが、これは案外と便利かもしれない。ただ私自身はというと、利用する頻度が少ないのでこれ以上の深い考察が書けない。今後は少し重点的にウオッチングしてみるつもりである。

 以上があくまで個人的かつ独断に満ちた「京食」レポートである。すべてを網羅できるわけではないし、誤解や勘違いも多々あるかと思う。どうかご容赦願いたい。京都の「食」を歴史と文化から語るつもりなどまったくない。むろん京都の食習慣・食材と生理機能・健康との関連を類推するつもりもない。ただ「食」の地域性は、味や食材が標準化されつつあるとはいえ意外に大きいらしい。生まれ育った地域を冷静に外から眺める気持ちも沸いてくる。貴重な体験に感謝している。

 

14.芦田 均 (神戸大学)『イノシシ』2004年09月13日

  神戸の市街地は、前に瀬戸内海(実際は大阪湾)、後ろに阪神タイガースの応援歌にある六甲颪が吹き降ろす六甲山を控えた東西に伸びた地形をしている。特に、東側の市街地は、山が海に迫っており、だいたい何処にいても1時間も歩けば、海へでも山へでも行ける。勤務先の大学も現在の棲家(大学宿舎)も六甲山の麓にあり、いずれも標高がおよそ200mである。六甲山地はその大半が鳥獣保護区であるために、イノシシが大学敷地内にも宿舎周辺にも頻繁に出没し、いたるところで土を掘り返して餌をあさる。学内の圃場に植わる作物も格好の餌食である。勤務している農学部では被害を防ぐため、「イノシシ対策費」なる経費が計上され、圃場の柵が強化されたこともある。イノシシ達は、時には山を下り市街地に姿を現す。車の交通量が多い道路を渡る際に、横断歩道で赤信号が変わるのを待っているイノシシを見かけることも少なくない。何故イノシシが人前に出て餌をあさるのか?答えは自明である。そこに労せずに喰える餌があるからである。家庭や店舗から出る残飯や生ごみをあさり、満腹になると公園や神社の敷地で走り回り、運動会を開いた後に山に戻る。山に餌が減る冬になると、彼ら彼女らの出没が増える。

 本来、イノシシは人を怖がるはずである。先日TVを見ていると、オランダのサッカー場では芝を荒らされないように夜間は人毛を撒いて寄せ付けないようにしているとのこと。しかし、六甲のイノシシ達はヒトを恐れない。夜、灯りの少ない校内で出会った際には、あまり嬉しいものではない。特に、瓜坊を連れた母親は強く、こちらを睨みつける赤い眼光は鋭い。自宅周辺の道路を十数頭で移動していた大群に出会ったときも、近くの駐車場に逃げ込んで息を殺して通り過ぎるのを待ったのは、イノシシではなく僕のほうであった。大きいイノシシでは、体長は1mを優に超え、体高も70-80cmくらいとなり、推定体重も150Kgくらいありそうだ。生きるために必要な一日あたりの摂食量もかなり多いに違いない。ぼたん鍋にしたら、何人前あるであろうか。そう、イノシシの肉はゲーム・ミートとしては比較的よく目にするし、丹波地方の特産であるために神戸に住む我々も時々口にする。ヒトは山奥のイノシシを食べ、一方で、都会周辺のイノシシはヒトの食べ残しで生き延びようとする。

 今の宿舎に引っ越してきた2年前には、ゴミ捨て場が重さ20Kgくらいの鉄柵6枚とコンクリートとで囲まれているのに驚いた。周辺のゴミ捨て場もイノシシ対策として少なくともネットは張ってある。引っ越してすぐに廻ってきたゴミ当番の日、イノシシが鉄柵を鼻で持ち上げて倒しゴミ捨て場に侵入した。ご近所の通報で駆けつけたが、2頭の大型イノシシがゴミ袋を破ってお食事中であり、こっちの顔色を伺いながら逃げようともしない。ようやく掃除道具を使って追い出したが、後片付けをする姿を近くで見ながら再突入の機会を待っていた。結局、ゴミ収集車が来るまでその場を離れるわけにはいかなかった。また、宿舎では毎日のように糞が落ちており、誰かれとなしに気がついた人が片付けている。ここの住民は、ゴミ捨て場への侵入は歓迎していないが、敷地内で餌を取るための穴掘りや授乳などは妨げていない。向こうもこちらの様子を見るだけで、宿舎敷地内では運動会を自粛している様子だし、近づかない限り逃げない(試してみると、2m位が双方にとって恐怖心の限界のようだ)。ともかくここでは、「六甲山の先住民はイノシシであって人間ではない」、という不文律が双方の間で暗に認められているようである。

 我々が捨てる生ゴミには、どれだけイノシシ達の餌となるものが入っているのであろうか。現代人はかなりの食品の食べ残しや、時には調理前に腐ったり、賞味期限切れになったりした購入時の原型を留めている食品を捨てている。今夏の中部食品科学研究交流会−フードサイエンスフォーラム夏の合同研究集会でのクイズで、日本の食糧自給率や結婚式場での披露宴の食べ残し率についての問題が出たように、今の日本は食糧の多くを輸入に頼っているのにもかかわらず、せっかくの食べ物を食べ切れずに捨ててしまっている。あの研究会の懇親会に出た豪華な料理の残り物は何処にいったのかも気になる。

 さて、生ゴミはイノシシだけでなく、カラス、野良猫、野良犬などのターゲットとなっている。しかし、これらの動物は時には生ゴミでは飽きたらずに、ヒトが購入した直後の食品にまで手を出すこともある。宿舎周辺に現れるイノシシ達は、スーパーやコンビニのプラスチック袋に食品が入っていることを知っている。においに反応するのか、カサカサという音に反応するのか、あるいは袋を目で認識するのかは不明であるが、袋をぶら下げているときは要注意である。夏の初めに、おばあさんがスーパーの袋を狙われて怪我をするという不幸な事故があり、新聞やTVが全国ネットでこの事故の模様を報道した。事故の後、住んでいる宿舎の南にあるマンションや住宅の住人から、宿舎との間の雑木林に住み付くイノシシを退治して欲しいとの要望が神戸市に出された。最近、開発された住宅地であるために、野生のイノシシなど見たこともない人々が多くいるのであろう。神戸市が猟友会に依頼して罠を仕掛けて捕獲をするとの通知があった。勿論、ヒトに危害を加える可能性があるイノシシを放っておくのは危険だが、傷ついた手負いのイノシシは「もののけ姫」に出てきたように暴走したり、ヒトに襲い掛かったりする。罠では逃げる確率が高くて手負いになるので危ない、というのが地区の親爺さんたちの意見。ごもっともである。ここに住む以上は、餌付けをしないのは当たり前であるが、先住民であるイノシシとうまく共存を図りつつ、賞味期限切れで捨てる食品や残飯を減らすことを考えていきたい。

 ところで、以前よく見かけた奴に最近会わない。彼女はこの春には母親になっていた。怪我した後ろ足を引きずって3本足で移動していたあの母親はどうしているのであろうか。少し寂しい。  

 ちなみに僕は亥年生まれである。

 

15.山口智子 (奈良女子大学、現新潟大学)『たかが豚まん、されど豚まん』 2004年10月19日

 朝日放送の「探偵!ナイトスクープ」をご存じですか? 関西人であれば知らない方はいらっしゃらないと思いますが、ご存じでない方のために少し説明を加えておくと、「探偵!ナイトスクープ」は15年以上続く関西の人気バラエティ番組であり、視聴者から寄せられた日常の素朴な疑問を「探偵」が調査・追求し、解決していくという構成の番組です。調査依頼内容は、社会ネタからくだらないネタまで様々ですが、関西特有の素人との絡みが面白く、関西では常に視聴率上位にランクされています。私も金曜深夜のこの放送を楽しみにし、そのアホらしさに大笑いして、一週間の凝りをほぐしているのでした。

 この度、この番組に出演するという光栄に預かった。関西人冥利に尽きる(?)というもの。6月11日、折しも800回目という記念すべき放送であった。「551からの挑戦」というタイトルのもと、「豚まんの敷き皮をきれいにつるっと剥がして食べたい」という依頼者からの調査内容が紹介された。

 関西では“豚まん”、関東では“肉まん”と言われている。関西では肉=牛肉、関東では肉=豚肉というのが一般であるため、このような昔からの食材利用の流れから、関西では豚ミンチの入った中華饅頭を“豚まん”と呼んでいる。さらに、関西で“豚まん”といえば、“551の蓬莱“である。この551の豚まんは、松の木の皮で作った薄い四角い板“座布団“に載せられている(ちなみに、横浜の崎陽軒やコンビニで売られている肉まんには硫酸紙が敷いてある)。この座布団を剥がして食べるわけであるが、きれいに剥がれず中の具まで敷き皮にくっついてきてしまうので何とかならないか?、と立原啓裕探偵が調査を開始したのである。蓬莱のコメントは、座布団がきれいに剥がせたら偽もん!。「551からの挑戦」である。どうでもいいことと言えばそれまでであるが、そこを敢えて取り組んでこそ探偵ナイトスクープ、そして私たちの使命であった。

 番組では我が研究室に、立原探偵、依頼者、大阪市立高校の物理の山田先生、エステティシャンの宮井さん、学生4人と私が集合。それぞれに持ち技を出し合った。まず、山田先生が酢、レモン、ダイコンおろしを使って剥がすことに挑戦されたが、セルロースについたデンプンは、酢酸、クエン酸、ジアスターゼの化学反応では溶かせなかった。次に、我々が食品化学、調理科学の立場から挑戦。氷の上に豚まんを載せて、冷やして剥がそうと試みた。デンプンが老化して硬くなりペリッと剥がれる?と思われたが、敢えなく失敗。3番手にエステの技術で、「人のお肌と同じようにデリケートな豚まんのお肌に潤いを与える」べくスチーマーでお手入れ、かなり良いところまでいったのだが・・・この間、我々は片隅で検討を繰り返していた(実は、解決されたらどうしようかと冷や冷やしながらの出番待ち)。結果、ついに我々が解決法を発見!!それは「豚まんを蒸し器の中に裏返しにして蒸す」というものである。つまり、敷き皮が上側にくるように置いて蒸し器で15分加熱、素早くはがすと見事つるつるに!「蒸し器の中で発生した水蒸気がデンプンを再糊化させると共に、敷き皮を押し上げることで豚まんと敷き皮の間に隙間が出来、剥がれる」と理屈付けした。こうして言葉でお伝えするのは難しいのだが、なかなか、感動!

 ここからは裏話をお話ししよう。事の始まりは4月16日の一本の電話であった。朝日放送から本研究室のボス・的場先生あてであったが、出張中であったため私が対応した。「探偵!ナイトスクープ?!?!」と自分の耳を疑いながら、興奮気味に話を聞いたことを覚えている。協力依頼である。探偵ナイトスクープに出たい!と思いつつ、“予備実験”してうまくいきそうなら引き受けようということになった。即座に「豚まん研究会」発足。豚まんを20個買いに行き、どんな方法があるかをリストアップ。水や調味料に漬ける、冷却、凍結、焼く、蒸す、電子レンジ加熱、熱した包丁でパンを切るように焼き剥がす(撮影には採用されたが放送はカットされた)、超音波にかけるetc, 20通りほど考えた。いろいろな方法を試して、試しては食べ、試しては食べ・・・一体いくつ食べただろうか? 美味しい研究である。豚まん相手に楽しく研究を進める中で、誰かの卒論テーマにする??との冗談も。そうこうするうちに、裏返しに蒸してみたら?と一学生がポロッと言った。そして、その方法を試して成功した時は、みんなオーーーーやった!!パチパチパチッ(拍手)感動感動であった。すぐに、朝日放送に電話をして、撮影を引き受けることになったという次第である。

 普通ならこれでめでたしめでたしと終わるところであるが、そこは、研究者である。再現性を取る、経時変化をみる、より現代の生活にマッチした方法を見いだそうということになった。難波と京橋でそれぞれ豚まんを20個ずつ、さらにあんまんも買い込んで検討を重ねた。余談であるが、551の豚まんは一つの工場で具が作られ、それをデパートなどの各店舗で皮に包んで蒸し、売られている。しかし、難波製、京橋製、梅田製、西大寺製、京都製と食べ比べてみて、店舗により大きさが微妙に異なること、包み具合により敷き皮への油(肉汁)の浸み具合が異なることに気付いた。このような市場調査も、食物科学の興味深い研究対象の一つと言えよう。再現性は十分に取れ、蒸し時間も15分が最適であることが分かった。さらに、便利な電子レンジを使って、蒸し器で蒸す状態と同じ環境を作ろうと試みた。水を入れた丼鉢に割り箸を置き、その上に豚まんを裏返しに載せ、ラップをしてチンするなど試したが、うまくいかなかった。このように予備実験をしっかりと行なった上で撮影に臨んだ。10分程度の放送に対し、撮影は4時間近く。アドリブ演技にかなり疲れたが、番組作成の大変さを知り、撮影が成功に終わったときには達成感さえ覚えた。

 この放送を見られた方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか? ナイトスクープ出演は気恥ずかしいので、ほとんど周りの人には知らせなかったのですが、放送後には音信不通だった友人から続々とメールや電話があって反響に驚きました。また、FSFのメンバーの方からも見たと何通かメールをいただきました(ありがとうございました)。放送後、豚まんの売れ行きが2割ほど上がったそうで、実際に自分でも試したという話も耳に入ってきました。関西人のナイトスクープ視聴率はすごいですね。

 たかが豚まん、されど豚まん。どうでもいいこと、アホらしい疑問をも楽しくサイエンスすることは、科学を人々の身近に引き寄せ、子供達の理科離れ・理科嫌いに歯止めをかけるかもしれません。また、研究者にとっては、身近に転がる研究ネタを世紀の大発見につなげることができるかもしれません。“上向きに置くものを下向きに置く”という試みは、単純なことですが“逆転の発想”。笑って、頭を柔らかくして、発想を豊かにできるといいですね。ひょっとするとノーベル賞も??!

 

16.毛利 哲 (宮城県産業技術総合センター)『地方の切り札か!? がんばれスローフード』2004年11月25日

 わたくし、宮城県産業技術総合センターというところに勤めております。宮城県の食品産業はおかげさまで生産額では県内第2位であり、主力産業と位置づけられておりまして、「食材王国みやぎ」なるプロジェクトも大々的に進行中です。首都圏の百貨店での地域物産展の開催件数では、北海道に続き第2位だそうで、意外にガンバってるぞ、宮城県。しかし、企業数は約1,000社、製造品出荷額は約6,200億円(経年的に漸減中)で、この数字はなんと、業界最大手の味の素?社さん1社の製造品出荷額の約1兆円(しかも経年的に漸増中)をはるかに下回ります(平成14年工業統計表および味の素?ホームページより引用。ちなみに宮城県の製造品出荷額は全国12位で平均よりは高いです)。つまり大手1社で全県分以上を稼ぎ出してしまっています。従業員数で見ると、宮城県約3万人、味の素?社さん約4千人で、一人当たりの生産額に換算すると、なんと13倍も差がついてしまいます。県内企業分について明確なデータはありませんが、研究開発に費やされる費用や専任の研究開発従事者を比較しようものなら、惨憺たる差が生じてくることは言うまでもないでしょう。  

 さらに追い討ちをかけるように、低価格化傾向によるバイヤー主導の価格決定のしくみや、皮肉なことですが進歩した鮮度維持技術が、海外移転を含めた生産設備の集約化を促進し、「大量生産、均一、低価格」化はますます進んでいるように思われます。

 このまま地域の特徴を生かした食というのは消え行く運命か、などと悲観的に考えておりましたら、最近はスローフードとか食育とかいうのが流行の兆しをみせているようです。これらはビジネスに直結するものではない、とは言われているようですが「地域の食文化を見直し育んでいきましょう」というお題目には、活路を見出せないでいた地方の食品産業が惹かれないわけはありません。八回裏代打八木!(引退したけど)とか、後半30分本山投入!とかそんな感じですね(わからないヒトごめんなさい、プロ野球(特に阪神)ファン、サッカーファンにこの感覚を聞いてみてください)。わたくしたちも、県の食産業発展に携わるものとして、大いに期待したいところであります。でもホントにそうなのか?

 話はまったく変わりますが、実はわたくし、9歳、6歳、2歳の3人の子持ちです。しかも核家族でフルタイムの共働き。こう話しますと、大概の男性諸氏からは「へー」というちょっと好奇の目を、女性の方々からも「たいへんですね~」という実感のこもらない(体験がないのだから実感がこもらないのは当たり前なのだが)感嘆をいただきます。周囲のご理解、ご協力をいただきながらなんとか両立させてはおりますが、ホントたいへんです。朝起きてから寝るまで、まともに子供に触れ合う時間なんて平日はまず無理で、実質30分ないくらい。

 で、こうなると、家事の時間はなるべく削りたい。平日はもちろん休日も、「おもちゃ片付けなさい宿題終わったの?明日の準備しなさいもう散かさないでよほらごはんだよお風呂だよもう寝る時間だよ」と、一日が過ぎていく。正直なところ料理の時間はなるべく短くしたい。そんな我が家にはとてもとてもスローフードなんて…。  

 というわけで、どなたか「早くて安くてうまいスローフード−食育マニュアル付き−」、作ってください。ホンネのニーズって、こんなもんじゃないのかと思ったりもしますが、でもこれってスローフード?  

 でもとにかく、うまくビジネスに乗せたいものです。がんばれスローフード&食育!

 

17.新井博文 (山口大学、現北見工業大学)『No Food, No Life』2004年12月30日

 わたくし、米国NIHに留学しております。以前のコラムで室田先生が米国留学について書かれているので、少々ネタがかぶってしまって恐縮ですが、本編では米国での食に関して身近に感じた疑問や、アメリカ人と日本人の意識の違いについて主観的にレポートしてみたいと思います。といっても、アメリカ全土を調べたわけではないので、あくまで「このあたり」の話ということで、異論がある方もいらっしゃるでしょうが、あしからず。また、米国留学経験のある方には少々退屈かもしれません。

 ーパーマーケットの不思議

 スーパーマーケットほど市民の食生活を反映しているところはないのではないだろうか。米国人の生野菜好きは有名だが、なんだべか?と思うのが、売場内に設置されているサラダバーである。スープバーも併設されていたりする。所定のプラスチック容器にセルフサービスで好きなものを好きなだけとって、レジで量り売りしてくれるシステムである。比較的中規模の店では、商品管理が行き届いており、野菜が瑞々しくて美味しそうなので(ただし、生のブロッコリーやカリフラワーには驚かされる)、まあ買ってもいいかなと思うが、大型店では、管理があまりよくなく、野菜が萎びていたりする。ある日、大型店で、味見のつもりなのか素手で摘み食いしている人を目撃して以来、絶対に買わないようにしようと心に誓った。サラダバーが店からなくならないということは、当然買う人がいるからで、彼らはその衛生状態が気にならないのかとても不思議である。日本では、抗菌、除菌商品が目立つが、日本人はきれい好き過ぎなのであろうか。

 冷凍食品の品揃えは異常に充実しており、どれを買ったらいいのか迷ってしまう。国民の2/3が肥満のこの国では、No Fat、Low Fat、No Cholesterol、あるいはLow Carb.などが宣伝文句としてよく唱われているが、驚いたのは、本来肉料理なのに、No Meatと表示されている商品の多さである。筆者は、あまりよくパッケージを見ずに冷凍食品のNo Meatラザニアを買ってしまったことがあり、あまりのマズさに完食できなかった。ラザニアといえば、パスタとミートソースのハーモニーを楽しむものでり、そうまでしてラザニア食べたいか?と、腹が立ってきた覚えがある。食事制限している人や、菜食主義者にはいいのかもしれないが。  

クリスマスに何食べる?

 この時期全米は、ThanksgivingからNew Year's DayまでHoliday Seasonで盛り上がってしまっているわけだが、米国市民がこれらの重要行事の時に実際何を食べているのか気になったので、英会話学校の先生に尋ねてみた。まず、Thanksgivingだが、これはもちろん日本には無い習慣であり、Native American Indian(差別用語ではない)への感謝に由来することから、北米原産である七面鳥丸焼きを、やはり米国原産のクランベリーのソースで食べるそうである。実際にThanksgiving dayに比較的上等な食材店で出来合いの七面鳥焼き+クランベリーソースを買って食べてみたが、七面鳥独特のにおいと超甘酸っぱいクランベリーソース(ほとんどジャム)の相乗効果により、一口しか食べることができなかった。酢豚のパインが大好き!という方は、七面鳥クランベリーソースもいけると思うが、筆者には恐ろしい経験であった。米国では七面鳥に限らず、肉をフルーツなどで甘くして食べるのがポピュラーのようだが、日本人としては醤油を思い切りかけたくなってしまう。「人は12歳までに食べたもの(おふくろの味)を一生食べ続ける」と日本マクドナルド創業者は言ったそうであるが、生活習慣とは人の味覚をも変えるのである。さて、ではクリスマスには何を食べるか(もちろん、家庭で)というと、やはり七面鳥丸焼きで、家によってはポーク(ハム)だそうだ。ケーキは家によって食べたり食べなかったりで、食べるとしても、ナッツやフルーツが入った素朴なものを自家製するようである。日本では、クリスマスイヴにフライドチキンの店に行列ができて、クリームとイチゴがのった大きなケーキを買ってきて食べるし、若いカップルはこぞってクリスマスディナーとやらに行くんだよ、と英会話学校の先生に言ったら、苦笑いしていた。日本では七面鳥が手に入りにくいので、チキンで代替、そして易きに流れてファーストフードなのであろうが、商業主義によるクリスマスイメージのすり替えを感じずにはいられない。それにしても、うまいことやりましたな、カーネルおじさん。

Food Network

 筆者のお気に入りのTVチャンネルがFood Networkである。これは朝から晩まで食べ物のことしかやらないチャンネルで、料理指導的なものから、最新調理器具や設備の紹介、地方食文化やバーベキュー大会のレポート、調理科学的なものにいたるまで網羅されている。筆者が最も好きなプログラムが、Emeril liveである。Emeril Lagasseという、体格がよく(いい意味で)、がさつそうに見える有名シェフが、アメリカンジョークを交えながら、専属ジャズバンドとともに毎晩(もちろん一括収録だろう)「一人で」料理を作って、収録に来ている素人のお客にふるまうという内容である。日本では堺正章氏、SMAPや、どっちの料理ショーなど、かなりバラエティー寄りに振った内容ものか、逆に実用重視のお料理番組になってしまうので、日本人にとっては新鮮な番組ではないかと思う。また、英語が単純で異常にわかりやすいのと、食材の名前と発音を覚えられるので、レストランに行ったときはこの知識が大いに役立つ。Emeril氏が番組で料理をするときは、調味料などの分量がかなりいい加減に見えるが、そこは経験なのだろう、味見した客は大抵、amazingとか言っている。それを確かめるべく、Las Vegasに旅行した際に、Emeril氏のシーフードレストランに行ってみたが(もちろん本人が作っているわけではないが)、意外に繊細な味で驚いた。不思議なのは、料理中にEmeril氏がニンニクを使うと必ず観客が拍手して異様に盛り上がる演出であるが、その理由は未だに不明である。もう一つの好きな番組は、ご存じ「料理の鉄人」の吹き替え版で、これも毎晩やっている。たまに特番で、米国の鉄人vs.Hiroyuki Sakai氏(かつてのフレンチの鉄人)などやっていたりする。かつての和の鉄人Masaharu Morimotoは、今や米国の鉄人の一人になっている。Iron ChefのDVDやグッズも売っている。日本で廃れてしまったものが、他国で再生され、独自に発展しているのを見るというのは実に不思議な感覚である。

 

18.山本和貴 (食品総合研究所)『言葉と自然科学者』2005年02月10日

 学会などの口頭発表やその質疑応答でのやりとりを聞くと、気になる日本語があります。

浸漬

 例えば、浸漬。「大豆を蒸留水に浸漬してから云々」と実験概要を説明する時に用いられたりします。これを「しんせき」と読む方が実に多いですね。責任の「責(せき)」が含まれる文字であるから、このように読んでしまうのでしょうが、「しんし」と読みます。学術用語として「しんせき」と読む例を挙げる辞書もあるのですが、これはまさに自然科学者が間違った読み方を世に広め、慣用的な読み方として定着させてしまったということを意味するのではないでしょうか。これまで学会等で観察して来たところ、浸漬を「しんし」と読む学者は10人中1人もいません。年配の学者であっても「しんせき」と読む場合が殆どです。これは由々しき事態と思います。亀の甲より年の劫とは言え、間違いは間違いとして訂正し、学会でも注意を呼びかけるくらいのことが必要でしょう。特にこの「浸漬」については、食品関連の学会関係者は、食品業界で頻繁に用いられる用語なのですから特に留意すべきと思います。

シクロ

 日本化学会ではcyclodextrinを「シクロデキストリン」と呼んでいます。cyclo-[saiklou]をなぜ「シクロ」と呼ぶのでしょう。化学者は「シクリングでシクロトロンの周りを走っていたらシクロンの風に煽られ」たりするのでしょうか。私は国際学会で、cyclodextrinをシクロデキストリンと発音して英語を伝えようとしている研究者を見た事もあります。日本人の英語力を少しでも向上させたいのならば、このおそらくドイツ語の「Zyklo-」に由来する読み方のような「古き悪しき」慣用はいち早く見直すべきでしょう。 ラテン語の読み方  植物、微生物等の学名はラテン語で記述されます。「v」は本来「ウィ」と読まれます。ところが、英語話者等が自国語に従い「ヴィ」と発音するものですから、Saccharomyces cerevisiaeは「サッカロマイセスセレヴィジエ」となっています。ラテン語で読むと「サッカロミケス ケレウィスィアエ」となるそうです。Bacillusは「バキルス」なのです。virus(「毒」を意味するラテン語)は「ウィールス」として定着していて、「ウィールス」を輸入した日本人は忠実で偉かったと思わせます。しかし、ビールスというラテン語ともドイツ語ともとれない表現もあります。日本語は表音文字であり、かつては創意工夫の元にこういった外国語を外来語として取り入れてきたのに、音感のない日本人が外国から言葉を輸入する機会が増えるに従って、本来の発音から外れた外来語が増えたのではないでしょうか。日本人が日本語の特性を生かせば、ラテン語の読み方はアメリカ人より上手になれるはずです。

おられる

 「おられる」というのも気になります。本来「いらっしゃる」等とされるはずのところ、なんとなく敬語表現にしたり、西日本の方が敬意を表したりに用いられるのが「おられる」です。しかし、東京の方言が共通語とされていますので、その中で謙譲の「おる」と尊敬の「れる」とが結合するのは語法として間違っている事になります。「お母様はいらっしゃいますか。」「はい、おります。」のように、東京では「おる」は謙譲なのです。敬語法が西日本から発達したという経緯はあったとしても、西日本の言葉が共通でない現在では、「おる」を謙譲と認識する人に「おられる」を使うのは誤用です。

言葉は揺れるとは言うものの

 なぜこのように日本語が気になるのでしょう。気にしすぎでしょうか。違います。外国語を学んだ方にならご理解頂けると思いますが、規則的な言語ほど学びやすいのです。「言葉は揺れる」「言葉は変遷する」という歴史的経緯を元に、日本では、誤用や慣用の定着を受容しすぎるようです。このままでは不規則性が増すだけで、日本語の学習が困難になる一方です。外国の日本語学習者にのみならず、日本の小中学生にとっても同じ困難が増すのです。新語、造語、言葉遊びを否定するのではありません。誤用を慣用とし、用法として定着させるのには反対なのです。

今後の日本語に向けて

 最近、「問題な日本語」(北原保雄編 大修館書店 2004)を読みました。私の不勉強で知らなかった文法的な内容はためになりました。しかしながら、国語学者達が書いたその中に、例えば「(雰囲気の読み方)『ふいんき』は現時点では明らかに誤用ですが、今後広く定着する可能性が全くないとは言いきれません。」という一節がありました。このような「誤用が定着すれば慣用的な用法として認める」とも取れる表現が随所に見られ、本の全体的な方向性には納得がいきませんでした。衆愚政治という言葉がありますが、これはまさに「衆愚日本語」を受容する事になります。誤用が多用となり慣用となるのを見届ける姿勢には疑問を感じざるをえません。いまさら「新しい」を「あらたしい」と読めとは申しませんが、学びやすい日本語を海外に発信し、日本人の海外での活躍を促すためにも、日本語は、誤用が認められず、現時点での規則性が保たれ、外国人が学びやすく、外国語発音との隔たりが低減された言葉となる必要があると思います。英語mailの表現について、「『メイル』も間違いではありませんが、日本語の発音に従った『メール』という書き方が標準的です。」とも書かれていました。英語で「メール」と発音しても通じません。今の日本語で「メール」が標準的であったとしても、日本人が海外でより活躍するように求めるのであれば、未来に向けて「メイル」を推奨する必要があります。現状分析だけが国語学者の使命ではないはずです。

 我々自然科学者も、新規な科学的知見の情報発信者として、正しい言葉の使用に向けて努力すべきでしょう。日本語も英語も、しっかり勉強し、より忠実に内容が伝えられる科学者になりたいと思います。

 

19.村田健臣 (静岡大学)『「静岡(しぞーか)」の常識』2005年03月15日

地域性は日本の救世主か?

 ある土地に長い間住んでいるとその土地のものが「一般的なもの」,「常識的なもの」だと思いこんでしまうことがあります.こんなに交通機関やメディアが発展し,物や情報があっという間に行き交う画一的な時代にあっても,意外とその土地では常識でも一歩その地域から足を踏み出すと非常識になってしまうような地域性みたいなものが嬉しいことのまだまだ息づいているようです.飛躍的な経済の発展が見込まれず,資本が益々海外へ流出する今日の状況を打破する救世主がこの「地域性」にあるのではないかと感じています.

しずおか」じゃなくて「しぞーか」なんです

 なんだか堅苦しい出だしになってしまいましたが,このコラムでは食に関する「静岡(特に静岡市周辺)の常識」で全国的にみると多分,非常識と思われる静岡の食べ物を紹介してみたいと思います.その前に「静岡」という漢字の読みについてお話ししなければなりません.皆さん,小学生の頃に国語か社会の授業で「静岡」は「しずおか」と習っていたかと思います.でもこれは間違いです.「静岡」という漢字は,「しずおか」ではなく「しぞーか」が正しい読み方です.しかしながら,ワープロで「しぞーか」と打ち込んでも,いっこうに「静岡」にはたどり着けません.その地方での読み方が本来の読みであると思うのですが,「しぞーか」という読み方は全国的には非常識のようです.

「しぞーか」を代表する食べ物

 静岡といえば「茶」,「みかん」,「わさび」が有名ですが,他の地域でもこれらの農産物は生産されていて,「茶」なんかは静岡よりも鹿児島の方が生産高は多いそうです.そのほかにも駿河湾でしかとれない「桜エビ」や「しらす」などは静岡では生で食することが多く,この点は全国的にみたら珍しいことかもしれません.しかし,なんと言っても「しぞーか」を代表する特異な食べ物といえば,「しぞーかおでん」をおいて他にはないでしょう.「おでん」といったら日本全国どこでもあるわけですが,他の地域には類をみない非常識な「おでん」とその非常識な食べ方が「しぞーか」には存在します.

「しぞーかおでん」の常識

 まず「しぞーかおでん」の強烈なところは,どす黒い脂ぎっただし汁の中に串刺しになったおでん種が浮かんでいることです.私自身初めてこれに遭遇した時は,こんな真っ黒なおでんの汁で大丈夫なのかと食べるのを躊躇したものでした.しかし,これは牛すじ肉をしょう油でじっくり煮込んだ汁で,見た目の割に意外とあっさりとした味に仕上がっています.おでん種も静岡独特な物がそろっています.まず,「はんぺん」です.「はんぺん」といえば白いふわっとした練り物(愛知県あたりではさつま揚げのようなもの)が想像されますが,静岡の「はんぺん」は,サバやイワシを原料にしたねずみ色をして表面がでこぼこした「黒はんぺん」をさすのが常識です.「つみれ」のような色をしていますがもっと歯ごたえがあって,「ちくわ」に近い食感です.余談ですが,この「黒はんぺん」は生で食べても,焼いてショウガ醤油で食べても,フライにして食べてもおいしい「しぞーか」の自慢できる食品です.数年前に静岡市内である学会の大会を開催した際,懇親会の屋台で自信をもって「黒はんぺん」を出したのですが,やはり見た目が悪く知名度も低いので売れ残ってしまった苦い経験もありました.でも,「黒はんぺん」は本当においしです.それから,ラーメンなどに薄切りになって入っている「なると」も「しぞーかおでん」の主役の一つです.一本の「なると」を縦あるいは斜めに半分に切って串に刺された巨大なもので,ほどよくしみ込んだだし汁の味と特有の食感をもつ最高のおでん種です.こんなに一度に大量の「なると」を食べるのは多分,静岡だけじゃないかと思いますが,それもそのはず,静岡市の隣の焼津市で国内の「なると」の90%生産されているそうです.その他にも串に刺さった「牛すじ肉」や串にしっかりと巻き付けられた「糸こんにゃく」などなど,「しぞーか」独特でおいしいおでん種がいっぱいです.そしていよいよおでんを食べるわけですが,ここで大切なのがトッピング.みそやカラシをつけて食べるのが一般的ですが,こちらでは「だし粉」と呼ばれるイワシの削り節の粉末と「青のり」をかけて食べます.この「だし粉」と「青のり」の舌触りと香りが「しぞーかおでん」の味をうまく引き立てています.

「しぞーかおでん」の正しい食べ方

 おでんは居酒屋やなどで食べるのが一般的だと思われます.もちろん静岡でもそうですが,「しぞーかおでん」は昔ながらの駄菓子屋さんでも食べる方が多いかもしれません.駄菓子だけでなく,やきいも,和菓子,おにぎり,ソフトクリーム,かき氷なども一緒に食べることができるお店があって,子供たちが学校帰りにスナック感覚でおでんを食べたりします.さらに,「しぞーかおでん」は,四季を問わず一年中いつでも食べることができます.特に,季節はずれのように思われがちですが,真夏にかき氷と一緒に食べるのがもっともおいしい食べ方であるとされています.本当にこんな食べ方があるのかとにわかに信じていただけないと思いますが,冗談のような非常識な食べ方が,「しぞーかおでん」の正しい食べ方なのです.それも,子供たちだけでなくいい年をした大人たちが人目をはばかることなく,ごく普通におでんとかき氷を交互に食べています.私自身最初にこの光景を目にしたときにはあっけにとられてしまいましたが,一度経験するとやめられません.食材の味も温度も一見ミスマッチな組み合わせが「しぞーかおでん」の常識なのです.

「しぞーかおでん」のパワー

 静岡市はこの4月から政令指定都市に移行します.1,000件近くの事務権限が県から市に移譲され,より地域に根ざした市民サービスの向上が期待されています.真新しい区役所の建物が建てられ,新しい静岡市のシステムができあがりつつあります.しかしながら,主役であるはずの市民と行政との大きな温度差があることは否定できません.今本当にこの地域が必要としているのは,あたらしいシステムではなくて,地域に根ざした世代を超えて共感しあえる人と人とのつながりではないかと思います.ちょっとこじつけですが,「しぞーかおでん」にはそれを可能にする潜在的なパワーがあるような気がしています.何となく私一人だけで盛り上がり,文章力の問題もあって「しぞーかおでん」の魅力があまり伝わらなかったと思いますが,皆様,機会がありましたらぜひ一度,お試しください.

 

20.高島 正 (フジ日本精糖株式会社)『モチモチ・サクサク 謎の食物繊維』2005年04月11日

 皆さん“イヌリン”と言う食物繊維をご存知でしょうか? 犬鈴?いえいえ、違います。朝専用缶コーヒーのCMに出ている女の子...それは小倉○子りんですね...カタカナでイヌリン、アルファベットでInulinです。

 このイヌリン、自然に広く分布していて、ニンニク、ニラ、タマネギ、ゴボウ、キクイモなど身近な野菜にも多く含まれる食物繊維なんです。化学的にはブドウ糖の後ろに果糖が沢山ついた構造を持っています。この構造から、今、巷で良く耳にするフラクトオリゴ糖を想像される方が多いかと思いますが、アレの仲間と言えば話が早いかと思います。

 では、まずココで糖について軽く解説。

 糖の基本的な単位はブドウ糖や果糖と言った単糖類です。この単糖が2つつながったものが、乳糖・マルトースなどの二糖類です。私達がコーヒーや紅茶に入れたりしている“お砂糖”も、ブドウ糖と果糖が1つずつくっついた二糖類の仲間です。単糖がもっと多くくっついたもののことを多糖類と言います。単糖が2個から10個くらいくっついたもののは、一般的に「オリゴ糖」と呼ばれます。

 イヌリンはブドウ糖に果糖が2個から60個くらい鎖状にくっついた構造をしています。フラクトオリゴ糖はブドウ糖に果糖が2~4個くっついたものなので、イヌリンはこの延長線上にあると言えます。この鎖の長さはすべて一緒ではなくて、果糖の数が数個から60個以上までいろんな長さのものが自然界には混在しています。では、オリゴ糖とイヌリンはどこで分けるの?と聞かれると...実はこの定義はかなり曖昧なんです。糖が10個程度くっついたものをオリゴ糖、それより大きいものをイヌリンと呼ぶのが一般的ですが、はっきりとした定義がないのが現状だったりします。

 イヌリンは多糖類の仲間に入るワケですが、消化吸収されにくい性質を持っているので、食物繊維に分類されます。近年、食物繊維の効用が注目されていまして、炭水化物・タンパク質・脂肪・ビタミン・ミネラルの5大栄養素に継ぐ、“第6の栄養素”とも呼ばれています。これらの栄養素のうち、炭水化物と脂肪は主に活動のエネルギーとして使用されます。炭水化物の中で、消化吸収されてエネルギー源になるものを糖質、消化吸収されにくいものを食物繊維と呼びます。

 イヌリンは炭水化物の仲間ですが、その性質は炭水化物の代表格であるデンプンとは違って水にとても溶け易く、数グラム程度ならお湯にも水にもサッと溶けます。他にもイヌリンの主だった特徴をいくつかピックアップして紹介します。

・ダイエット効果がある!

 イヌリンは人の胃袋や腸で消化・吸収されにくい難消化性の糖質、つまり食物繊維です。なんてったって食物繊維ですから、低カロリーですし、お通じが良くなります。私も毎日飲んでいるので、毎日出してます(笑) 今流行りの言葉を使うと「プレバイオティクス(腸内微生物のバランス改善)効果」があります。ビフィズス菌や乳酸菌と言った善玉菌を増やして、悪玉菌の増殖を抑えてくれます。イヌリン飲んで腸内改善でお腹スッキリ!気分もスッキリ!毎朝爽快!

・血糖値を抑える!?

 日本ではまだまだ知名度の低いイヌリンですが、欧米などでは昔から使われています。古くから生理機能性を示すような報告がされており、糖尿病患者用の病院食などに使われたりしているそうです。これまでに、整腸作用、血中脂質の低減作用、血糖値の上昇抑制効果、ミネラルの吸収促進効果などの報告がされています。

・モチモチ、サクサク、苦くない!

 イヌリンそのものには全く味がありませんし、匂いもありません。でも、このイヌリンを食品に入れると、とても面白い食感の変化があります。パンに数パーセント入れると、“きめ”が細かくなり、モチモチした食感になります。クッキーに入れるとサクサクします。また、イヌリンは苦味や渋みの成分をマスキングする効果も持っています。昨今お健康ブームで良く見かけるようになったカテキン茶、かなり渋くて苦い味がしますが、コレにイヌリンを入れるとあの独特の苦味&渋みを減らすことができます。水に良く溶けるので、他にもお味噌汁に入れたり、ご飯を炊く時に一緒に混ぜたり、ありとあらゆる食品に使えます。

・クリーム?

 イヌリンを高濃度(40%くらい)の水溶液で調製して一晩おくと、真っ白いクリームになります。もちろんこのクリームに味も匂いもありません。イヌリンのクリームは油と非常に似た食感をしているので、脂肪代替品として低脂肪食品への応用が期待されます。

・世界初!!!

 純粋なイヌリンが欲しい!と言うとき、本来でしたらキクイモなどから抽出して取り出さなければなりません。このやり方だと雑物が結構含まれますし、イヌリンの鎖の長さも短いのから長いのまで幅広いものになってしまいます。ところがどっこい、ウチの会社ではこのイヌリンをお砂糖から酵素を使って合成することに成功しました!酵素によるイヌリン合成は世界初!!現在国際特許出願中です。合成条件をコントロールすることにより、ある程度イヌリンの鎖の長さをコントロール可能ですし、純度の高いものを得ることができます。イヌリンの鎖の長さによって若干性質が異なるので、この技術は大変大きな意味を持ちます。

 って言うか、フジ日本精糖の宣伝になっちゃいましたね、スイマセン(笑)

 いかがでしょうか、古くから知られていながら、日本ではスポットライトが当たらずにいた古くて新しい食材「イヌリン」。私も仕事でもプライベートでもイヌリンをいろんな食べ物&飲み物に入れて取ってますけど、食感の変化が起きたり、物性変化があったり、素材として大変興味深いです。

 ボチボチ製品のお客様もつきだして、ウチの会社のイヌリン入り製品がそれなりに世に出てきました。お客様のご都合で具体的にどの製品とはお教えできませんが、ひょっとしたら皆さんも知らず知らずのうちに食しているかもしれませんよ。

 イヌリンの原料はお砂糖ですけど、決してアマイ素材ではありませんよ!