♦壱—1「研究と人脈」近畿大学理工学部生命科学科 室田佳恵子
本年4月に 徳島大学から近畿大学へ異動し、半年かかってようやく実験再開目前までこぎ着けた今日この頃。研究する人生を選択したのは学部4年生で卒業論文に取り組んでいた頃なので、もうかれこれ18年・・・「四十而不惑」などということは決して無く、見かけ上だけはようやく「而立」した訳なのだが、新しい環境でこれまでやってきたことが通用するのか日々葛藤している。
卒論配 属で栄養化学研究室を選び、これまで脂溶性食品成分の吸収代謝機構を研究テーマとしてずっと取り組んできた中で、本当に多くの方にお世話になった。研究指導をしていただいた先生方は勿論のこと、FSFなどの学会、研究会で声をかけていただいたことで親交を深めた先生も多い。私は性格的に、自分が既に出来ることは頑張れるが、新しい手法を学んだり異なる標的に積極的に取り組んで研究の幅を広げたりすることが大の苦手である(書いていて恥ずかしい)。そのため、私にとって広く共同研究をお願いすることは、研究の幅を広げるためにものすごく役立つ。またFSFの幹事を務めることになったのも、先日の農芸化学会シンポジウムにおいてオーガナイザーなどという大役を務めることが出来たのも、ひとえにご縁があって私の人脈となってくださった先生方のお陰である。
さてここで、今回の「くくり」である農化シンポでご一緒した先生方とのご縁を紹介したい。
• 榊原陽一先生とはイタリアで開催された日伊合同シンポジウムでご一緒した縁で、今回シンポのオーガナイザーにと声を掛けていただいた。フラボノイド代謝を研究する上で硫酸抱合反応は研究者も少なく、本当に貴重である。
• 生城真一先生はグルクロン酸抱合の専門家であり、榊原先生同様フラボノイド代謝を研究する上で、本当にいろいろなことを教えていただいている。紹介してくださった静岡県立大学の下位先生、富山県立大学の榊先生に大感謝である。
• 薩秀夫先生は研究分野がとても近く、論文等いつも参考にしている。薩先生はFSF事務局長の中村先生と高校の同窓生なので、友達の友達はみな友達、と勝手に思っていたらいつの間にか本当につながりが出来ていた。ありがたいことである。
• 山崎正夫先生は、榊原陽一先生からのご紹介であるが、前所属である徳島大での卒業生が大学院での後輩にあたる、という縁があることが判明した。筆者のもう一つの研究テーマである脂質吸収研究において、大事な人脈が増えて本当に嬉しかった。
• 菅原達也先生は、食品総合研究所で研究員をされていた時に既にお会いしており、徳島大の寺尾先生、食総研の長尾先生のお陰である。菅原先生のカロテノイドの吸収機構についての論文は、本当にいつも参考にしているし、とある人脈を介して共同研究も、と勝手に思っている。
• 池田彩子先生は昔から、「かっこいい女の先生だなあ」と思って遠くから見ていたら、ちょっとだけ手を出したビタミンEの吸収実験のお陰で声を掛けていただ き、本当に共同研究させていただけることになった。
そんな訳で、今後とも人脈を大事にして研究をさらに発展させていこうと、 一人ラボになった今、改めて強く思っている。FSF会員の皆様も、人脈を広げるために本会を是非活用していただきたい。
♦壱—2「留学のすすめ」宮崎大学農学部応用生物科学科 榊原陽一
早いもので、海外での研究生活から日本に落ち着いてこの春で12年になる。私自身は、大学院博士課程の時代に指導教官であった水光正仁先生(宮崎大学教授)の理解があり、学位論文研究の大半(2年間)を海外の共同研究先(テキサス大学ヘルスセンタータイラー校、Ming-Cheh Liu博士)で研究する機会に恵まれた。また、その後も海外と宮崎を何度か往復する機会に恵まれ、外国での研究生活が自分には合っていると思っていたのだが、結婚して12年前に帰国してからは根が生えてしまったかのように宮崎に落ち着いてしまった。
日本の大学においては、教員定員の削減などで若い研究者のポジションが少なくなり、不安定な任期付きポジションばかりが目に付くようになった。そのような環境では、海外留学をうまく活用して研究業績を上げることをおすすめしたい。最近の日本の研究費の傾向として大型プロジェクト(複数の研究グループにより、年間数億円あるいはもっと)による予算が多く、ポスドクや研究員の募集も頻繁に見られる。私自身も、平成15年~20年にかけて宮崎県地域結集型共同研究事業という科学技術振興機構のプロジェクトに関わったが、頻繁な研究打ち合わせ会議、四半期毎の報告書提出、研究成果の広報活動などなど、研究以外に関わる時間とエネルギーが多く、ポスドクなどの若手研究者のエネルギーが無駄に浪費されていた印象を強く持った。
個人的な考えで恐縮であるが、プロジェクトの一歯車となって研究し、プロジェクト予算が大きいためお金は比較的自由に使えても研究に関しての自由度が少ない状況で報告書のための実験をして楽しいのだろうか?余裕を持って自分のペースで比較的自由に研究をすることができる日本学術振興会の制度を活用してはいかがでしょうか。今から、ちょうど募集(5月頃)がはじまるが「海外特別研究員」制度というのがあり、2年間の海外留学を金銭面で支援してくれます。私はこの制度を利用してバーゼル免疫研究所(Antonio Lanzavecchia 博士)で研究する機会を得ることができました。同じ留学するにしても、研究室のボスのグラントに依存しているのでなく、資金を自前で持参しているので気持ちの上でではずいぶんと余裕があったと思います。
何人かの身近なポスドクの話を聞いていても、プロジェクト研究ではそこそこ研究費が自由に使えて、比較的高い給料ももらえて、場合によってはテクニシャンも利用できる環境にある。そのためか、なかなか外国留学に目を向けてくれないのが現状である。
今年の9月には、フードサイエンスフォーラム研究集会を宮崎で開催する予定です。そこでは若い研究者の皆さんが、研究について、留学について、夜を徹して語り合える会場を用意したいと思います。奮ってご参加下さい、お待ちしております。
♦壱—3「異物代謝の観点からの食品研究」富山県立大学工学部生物工学科 生城真一
早いもので富山にお世話になり食品分野の研究にかかわりはじめて6年が過ぎました。室田先生を始め多くの食品の先生方に出会うことができて、JSoFFではなんとか少しずつ顔をおぼえていただきつつあります(というほど貢献できていませんが……)。とはいえ10年まえに現在の自分の立場を想像はできませんでした。
現在の所属講座名は機能性食品工学講座であり、赴任当初はそれまでの専門から大きくかけ離れているので大いに戸惑いました(どうして採用してもらえたのかと疑問をもたれるかもしれませんが、採用面接ではだれしもおおきく風呂敷をひろげるものですよね。うちのボス、榊利之先生に感謝)。しかし、それまでの専門の薬物代謝酵素として認識していたシトクロムP450(P450)やUDP-グルクロン酸転移酵素(UGT)の食品成分、とくに植物の二次代謝物の基質としての親和性を知るにつれて、これら酵素が食品成分代謝に密接に関与していることに大いに興味を持ち始めました。水酸基をもつポリフェノールはグルクロン酸抱合のとてもよい基質であり、さらに多様な構造をもつフラボノイドは遺伝子ファミリーを形成している異なる基質特異性を有するUGTによって抱合化されることにより速やかに体外に排泄されます。さらに排泄に関与するトランスポーターとも協調的にはたらき、見事なまでに解毒をおこなうシステムとして機能しています。それまでは薬の代謝という観点からしか見ていなかったのですが、まさに食品成分の代謝のために備わっている生体に必須の機能であると思います。それら酵素を薬物代謝酵素として扱っていた頃に、「どうして生物はあらかじめ薬物に対する代謝酵素をもっているのか?」とよく学生に聞かれたもので、そのときにはなんとかごまかしていたのですが、いまは「食品中の異物成分を代謝するために進化の過程で解毒機構を獲得して、それがたまたま薬の代謝に関与しているのです。」と答えることができるようになりました。もう一つ興味深いことは、フラボノイドなどの植物二次代謝産物の生合成経路には、やはり異物代謝と同じく多様な分子種をもつP450とUGT(配糖化のための)が多数関与していることです。生物は生存戦略として、起源を同じくする酵素群を一方では“楯”(解毒)としてつかい、他方では“矛”(毒の合成)として用いることを選択したようです。またこの“毒”は時として“薬”として利用されることを考えると、一見関係ないように思われる異物代謝と薬物代謝と植物の二次代謝生合成が動物—植物を超えた生物システムの中で複雑に関連しあって存在しているようです。そう考えるとこれまでの研究がいろいろと結びついてきて、いま振り返るとこれまでの道のりはまさにこのために研究をやってきたのだ、来るべくしてきた分野に今いるのだ、とそう感じています。
現在、関連分野の先生方との共同研究が進行しておりますが、いろいろ教えていただくにつれて食品研究の奥深さを思い知っております。今後とも異物代謝酵素による食品成分の代謝研究という視点からなんとか貢献できますよう努力していきたいと思っております。これまで皆さん方のコラムに比べるとかたい話になって申し訳ありませんでしたが、もし次回がありましたら(?)もう少し面白い話にしたいと思います。
♦壱—4「雑学談義で迎える夜長」 宮崎大学農学部応用生物科学科 山崎正夫
みなさんこんにちは、宮崎大学の山崎といいます。今回、本学の榊原先生とともに宮崎にて第20回記念学術集会を開催させていただく運びとなりました。一応、世話人の一人として名前を入れていただいていますが、榊原先生に何から何までお任せしている状態で申し訳ないです。さて、私はFSFの会員になってまだ2年ですが、入会のきっかけとなったのが、2010年の農芸化学会でのシンポジウムでお話をさせていただき、FSF幹部(?)の皆様とお目にかかれたことでした。さて、そのシンポジウムの際、私は『共役リノール酸』という脂肪酸に関するお話をさせていただきました。共役リノール酸は私が学部の4年生の時に現九州大学、熊本県立大学名誉教授の菅野道廣先生からいただいたテーマで、未だに研究を続けています。
さて、ここからコラム本題。当時、『共役 (conjugated)』とはどういう意味だろうか?とテーマともらってすぐの4年生山崎くんは、俄に意味がわからず有機化学の教科書に登場する共役のことであるというのに気づくのに少々時間がかかった。何となく、このコラムを作成するにあたりこの言葉を少し再考してみたくなった。みなさんご存知、wikipediaで調べてみると『共軛、共役(きょうやく)は2つのものがセットになって結びついていること、同様の働きをすること。共軛の「軛」(くびき)は、人力車や馬車において2本の梶棒を結びつけて同時に動かすようにするための棒のことである』。なるほど、共役とは2重結合がセットになっているということなのだ。ちなみに英語のconjugateの語源も com(=ともに)+jugare(=つなぐ)という意味で、日本語の語源とよく一致していて面白い。2重結合が2つセットで共役なら、なぜ一般的な多価不飽和脂肪酸のようなメチレン基を持つような形は共役と呼ばないのか?それは共役構造の2重結合はそれぞれの2重結合のp軌道が単結合を通り越して重なるためである。うむ、それはいうまでもなく有機化学の教科書を開けばわかることだが、確かに、2重結合がセットになっている。ところで共役という言葉をいろいろな辞書で引いてみるとイタリア語ではconiugatoという単語が当てられるらしい。筆者はイタリア語圏に住んでいたことがあるが、知らなかった。お粗末。面白いことにconiugatoという単語の一番最初に出てくる意味は『結婚した』で、英語のconjugatedも一応『結婚した』という意味が出てくるが、あまり使わない(らしい)。しかし、生物学用語の『接合した』という意味ではかなり上位に記載されており、結婚に近い意味が残されている。2重結合が結婚すると共役2重結合になるのか。あまり深く考えなかった自分の使って来た研究素材は、以外とロマンチックだったのだなあ。そう考えると、『共役リノール酸』という名称は2重結合が共役しているというより、リノール酸が共役しているみたいで何となく違和感を感じてしまうのは、ただの難癖だろうか?
ところで、共役という言葉は必ずしもconjugatedの和訳ではなく、coupledの和訳であることもある。今はやりのGタンパク共役型受容体はG Protein-Coupled Receptorsなんて好例ですよね。Couple(カップル)も夫婦や恋人のこと、フランス語ではクプル。Le Coupleって歌手もいましたよね。Coupleはどちらかと言うと異なる者同士が繋がるという意味がありそうで、確かにconjugateを辞書で調べてみると、互いに入れ換えても変化がないという表現もでてくる。日本語ではそのあたりをひっくるめて共役にしちゃおうってことでしょうかね。
これから秋の夜長、いやその前に宮崎でのFSFの夜長、純粋な学問討議だけじゃなく、ちょっと雑学討議も面白いかなと思ったりしています。ぜひ、日向灘の波音を聞きながらたくさんの引き出しを見つけていただければと思います。